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マスク
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「最初からそうすればいいのよ。さあ、やっちまいな!!」
綾華は号令をかけると、今度はニット帽……猿渡に近づく。
「お前はそこで、最後まで撮影してろ。バケザルをなぶり殺しにして、奈々子もバラバラにしてやるからさ。死体と映像をセットにして、由比織人に送りつけてやる!」
「りょ、了解ッス!」
その場にいる全員を、綾華は恐怖で支配した。父親の威を借りての脅し文句と、凶暴な言動で。
「キングが勝つのを祈るしかないのかな。それとも……私が出ていけば……」
「ダメです、奈々子さん。綾華の思うつぼです」
「だって、どうしたらいいの。あの人数にノコギリや斧でやられたら、いくらキングでも防ぎ切れない。誰かが味方しないと……」
私は「あっ」と思い出した。
倉庫を脱出したら、やろうと考えていたこと。
「エミさん、スマホを貸してください。警察に電話します!」
「あ……!」
エミさんが目を見開く。彼女も失念していたのだ。
「そうですよね。どうして気づかなかったんだろ。私、隠れることばかり考えてて。通報する時間はいくらでもあったのに」
「大丈夫、今すぐ通報すれば間に合うかもしれない」
窓を見下ろすと、戦いが始まっていた。
橋の上で身構えるキングに、凶器を手にした男たちが襲い掛かる。
だがキングは怯まず、素早く攻撃をかわしては踏み込み、確実にダメージを与えていた。
「おらおら、隙だらけだぞお前ら! クレイジー・Lのナイフに比べたらスローモーションだぜ!」
キングが煽った。
斧もノコギリも、動物並みの反射神経を誇る彼には通用しないのか、余裕すら感じられる。
時間が稼げそうだ。
「よし、今のうちに」
焦りながらも冷静に、110番に電話した。事件であることを伝え、場所の説明はエミさんに任せた。街から離れているが、数分後にはパトカーが到着するだろう。
「救急車も来てくれるそうです。あとは本当に、祈るしかありませんね」
「待って。もう一度スマホを」
あの人にも連絡しようとしてスマホを構えた。
「どこにかけるんですか?」
「由比家のボディガードです。警察が来るのが早いだろうけど、念のために」
雲井さんの直通電話。覚えやすい番号なので記憶している。数字を入力し、通話ボタンを押そうとした。
「あれっ」
画面が真っ暗になった。うんともすんとも反応せず。
充電が切れてしまったのだ。
肩を落としたその時、大きな声が聞こえた。
慌てて窓にはりつき、下を見る。
「キング……!」
工場中央の、ぽっかりとスペースが空いた場所。
19人のうち、7人が床にのびていた。
だが、残りの男たちがキングを囲み、凶器を突き出している。
つまり、ぐるりと取り囲まれて、しかもキングは右腕を押さえた状態。
負傷したのだ。
「さっきまで優勢だったのに、どうしてこんなに早く……あっ」
キングは腕を庇いながらも蹴り技で突破口を開き、男たちから逃げる。再び橋に駆け上がると、マスクに手をやった。
「キング……」
剛田に切られたマスクの裂け目が、深くなっている。脱げそうなのを気にして、思いきり動けないのだ。
「どうしたんでしょう。急に守りに入ったような」
「……」
エミさんに上手く答えられない。
マスクが脱げるとなぜ困るのか、それを話せば、三保コンフォートの秘密がバレてしまう。
「おい、舐めてんのか。マスクが邪魔なら取っちまったらどうだ!!」
「全力でかかってこいよ!!」
男たちが吠える。
キングは返事をせず、猿渡のほうをチラリと見た。スマホのレンズが彼をとらえ、綾華もそこにいる。
思わぬ形で、窮地に立たされてしまった。
「もしかしてアンタ、素顔を晒せない事情でもあるの?」
「……!」
綾華が気づいた?
いや、そんなはずはない。キングが織人さんだと、誰が想像しようか。
「うるせえな。クソ女は黙って見てろ」
強気に返すが、余裕のなさが声に表れている。
「フン、なによクソ男。 どうせぶっさいくな顔のくせに。まあいいけどさ、そのままやられちゃえば? こっちはバケザルの素顔に興味ないんだよ」
橋の両端から男たちが詰める。いくらキングでも片腕では防げない。それに、まだ12人も残っているのだ。
「アッハハ、いよいよ最終章ね! 奈々子、見てる? あんたのせいでバケザルが死ぬわよ、マジで!!」
「……綾華」
出ていけない私を嘲笑い、勝ち誇っている。
(織人さんが死んでしまう……私のせいで)
涙がこぼれた。無力な自分が情けなくて、悔しくて。
そして、綾華を憎む気持ちがピークに達している。
「こんなの許せない、絶対に」
「……奈々子さん?」
「エミさんは逃げてください。私が、彼を助けます」
「ええっ?」
私は立ち上がり、壁に立てかけてあるパイプ椅子を掴むと、ブラインドを全開にした。
自分はどうなってもいい。織人さんを助けたい、その一心で。
「エミさん、離れて!!」
「は、はいっ」
椅子をぶん回し、はめ殺しの窓に叩きつけた。ガラスは厚く、ヒビが入っただけ。私は挫けず、もう一度、力いっぱいぶつける。
ガラスが割れて、手放したパイプ椅子とともに、派手な音を立てて落下した。
「私はここにいる!!」
綾華と男たち、そしてキングが一斉にこちらを見上げた。
「あんたの狙いは私だよね? すぐに降りるから、一対一で勝負しなさい!!」
誰もが驚き、綾華だけがニヤリとする。それはそう、挑発したのはアイツだ。
綾華は号令をかけると、今度はニット帽……猿渡に近づく。
「お前はそこで、最後まで撮影してろ。バケザルをなぶり殺しにして、奈々子もバラバラにしてやるからさ。死体と映像をセットにして、由比織人に送りつけてやる!」
「りょ、了解ッス!」
その場にいる全員を、綾華は恐怖で支配した。父親の威を借りての脅し文句と、凶暴な言動で。
「キングが勝つのを祈るしかないのかな。それとも……私が出ていけば……」
「ダメです、奈々子さん。綾華の思うつぼです」
「だって、どうしたらいいの。あの人数にノコギリや斧でやられたら、いくらキングでも防ぎ切れない。誰かが味方しないと……」
私は「あっ」と思い出した。
倉庫を脱出したら、やろうと考えていたこと。
「エミさん、スマホを貸してください。警察に電話します!」
「あ……!」
エミさんが目を見開く。彼女も失念していたのだ。
「そうですよね。どうして気づかなかったんだろ。私、隠れることばかり考えてて。通報する時間はいくらでもあったのに」
「大丈夫、今すぐ通報すれば間に合うかもしれない」
窓を見下ろすと、戦いが始まっていた。
橋の上で身構えるキングに、凶器を手にした男たちが襲い掛かる。
だがキングは怯まず、素早く攻撃をかわしては踏み込み、確実にダメージを与えていた。
「おらおら、隙だらけだぞお前ら! クレイジー・Lのナイフに比べたらスローモーションだぜ!」
キングが煽った。
斧もノコギリも、動物並みの反射神経を誇る彼には通用しないのか、余裕すら感じられる。
時間が稼げそうだ。
「よし、今のうちに」
焦りながらも冷静に、110番に電話した。事件であることを伝え、場所の説明はエミさんに任せた。街から離れているが、数分後にはパトカーが到着するだろう。
「救急車も来てくれるそうです。あとは本当に、祈るしかありませんね」
「待って。もう一度スマホを」
あの人にも連絡しようとしてスマホを構えた。
「どこにかけるんですか?」
「由比家のボディガードです。警察が来るのが早いだろうけど、念のために」
雲井さんの直通電話。覚えやすい番号なので記憶している。数字を入力し、通話ボタンを押そうとした。
「あれっ」
画面が真っ暗になった。うんともすんとも反応せず。
充電が切れてしまったのだ。
肩を落としたその時、大きな声が聞こえた。
慌てて窓にはりつき、下を見る。
「キング……!」
工場中央の、ぽっかりとスペースが空いた場所。
19人のうち、7人が床にのびていた。
だが、残りの男たちがキングを囲み、凶器を突き出している。
つまり、ぐるりと取り囲まれて、しかもキングは右腕を押さえた状態。
負傷したのだ。
「さっきまで優勢だったのに、どうしてこんなに早く……あっ」
キングは腕を庇いながらも蹴り技で突破口を開き、男たちから逃げる。再び橋に駆け上がると、マスクに手をやった。
「キング……」
剛田に切られたマスクの裂け目が、深くなっている。脱げそうなのを気にして、思いきり動けないのだ。
「どうしたんでしょう。急に守りに入ったような」
「……」
エミさんに上手く答えられない。
マスクが脱げるとなぜ困るのか、それを話せば、三保コンフォートの秘密がバレてしまう。
「おい、舐めてんのか。マスクが邪魔なら取っちまったらどうだ!!」
「全力でかかってこいよ!!」
男たちが吠える。
キングは返事をせず、猿渡のほうをチラリと見た。スマホのレンズが彼をとらえ、綾華もそこにいる。
思わぬ形で、窮地に立たされてしまった。
「もしかしてアンタ、素顔を晒せない事情でもあるの?」
「……!」
綾華が気づいた?
いや、そんなはずはない。キングが織人さんだと、誰が想像しようか。
「うるせえな。クソ女は黙って見てろ」
強気に返すが、余裕のなさが声に表れている。
「フン、なによクソ男。 どうせぶっさいくな顔のくせに。まあいいけどさ、そのままやられちゃえば? こっちはバケザルの素顔に興味ないんだよ」
橋の両端から男たちが詰める。いくらキングでも片腕では防げない。それに、まだ12人も残っているのだ。
「アッハハ、いよいよ最終章ね! 奈々子、見てる? あんたのせいでバケザルが死ぬわよ、マジで!!」
「……綾華」
出ていけない私を嘲笑い、勝ち誇っている。
(織人さんが死んでしまう……私のせいで)
涙がこぼれた。無力な自分が情けなくて、悔しくて。
そして、綾華を憎む気持ちがピークに達している。
「こんなの許せない、絶対に」
「……奈々子さん?」
「エミさんは逃げてください。私が、彼を助けます」
「ええっ?」
私は立ち上がり、壁に立てかけてあるパイプ椅子を掴むと、ブラインドを全開にした。
自分はどうなってもいい。織人さんを助けたい、その一心で。
「エミさん、離れて!!」
「は、はいっ」
椅子をぶん回し、はめ殺しの窓に叩きつけた。ガラスは厚く、ヒビが入っただけ。私は挫けず、もう一度、力いっぱいぶつける。
ガラスが割れて、手放したパイプ椅子とともに、派手な音を立てて落下した。
「私はここにいる!!」
綾華と男たち、そしてキングが一斉にこちらを見上げた。
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