一億円の花嫁

藤谷 郁

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大合戦!

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 利き手を負傷しながらも、織人さんは三面六臂の大活躍。次々と敵を倒していく。
 ボディガードの皆も勇敢に戦った。特に雲井さんの活躍たるやものすごく、しかもほとんど笑顔なのが怖い。

 そんなわけで、戦闘開始5分も経たず、勝敗がほぼ明らかとなる。
 もちろん、由比軍の圧倒的勝利だ。

「弱すぎるぞ、若造ども!」

 雲井さんが上着を脱いでぶん回し、残りの男2人を追い込む。行手に立ちはだかるのは織人さん。他の男たちはのびている。もはや最後の抵抗だった。

「奈々子さん、綾華が……!」
「え?」

 見ると、綾華が工場を出ていく。
 男たちを見捨てて、一人で逃げるつもりだ。

「綾華!」

 冗談ではない。こんなことをしでかして、なんの責任も取らず逃亡など絶対に許さない。

「綾華を捕まえる!」
「奈々子さん、待って。私も行きますっ」

 私とエミさんは部屋を飛び出し、外階段を使って下に降りた。
 表に回り込もうとして、角から飛び出してきた綾華と思いきりぶつかる。

「痛ぁっ! 何すんのよバカ!」
「そっちこそ、逃げるんじゃないわよ!」

 振り切ろうとする綾華に飛びつき、一緒に倒れた。ごろごろと雪まみれになって、掴み合う。

「離せよ、グズが調子に乗ってんじゃないよ、この!」
「逃げるな、クソ女! 卑怯者!!」

 罵り合いながら、めちゃくちゃにつかみ合う。エミさんが加勢しようとするが綾華のげんこつに当たって、倒れ込んだ。

「あ、エミさん!」
「どけぇ!」

 よそ見した私を突き飛ばし、綾華が走っていく。

「待てえっ!!」

 懸命に追いかけるが、私ときたら悲しいほど足が遅い。エミさんは織人さんに知らせに行ったようだ。
 でも間に合わない。
 このままじゃ逃げられてしまう。綾華は死んでも逃げ切ろうとする。

「逃がさないし、死なせない。あんたは詫びなければならない!」

 15メートルほど先に正門がある。綾華が駆け抜けようとするのを見た、その時だった。

「!?」

 まばゆい光が目に飛び込む。そして、夜の山々に轟く爆音。
 突如として現れた巨大なバイクが、綾華の逃亡を阻んだ。

「奈々子!!」
「は……えっ? も、もしかして……」

 私は慌てて駆け寄り、その姿を確かめる。

「花ちゃん!?」

 バイクの後ろから飛び降り、ヘルメットを放り投げた彼女に叫ぶ。
 そして、花ちゃんを乗せてきた大柄な人物は……

「まさか……!」

 雪の上にへたり込む綾華に二人は近づき、圧力をかけた。

「ふうっ、いいタイミングでしたね」
「状況がよく分からんが、そのようじゃのう」

 綾華はあぜんとして、二人を見返す。そして、彼がヘルメットを取ると驚愕した。

「は、羽根田翼? なんであなたがここに……!」
「その節はどうも、西野綾華さん」

 なぜ見合いした相手がここにいるのか綾華は理解できず、呆然とする。だが、背後から織人さんたちが走ってくるのに気づくと逃げようとした。

「おっと、そのままで頼みますよ」

 翼さんが捕まえた。両腕を拘束された綾華はもがくが、無駄だとわかったのか抵抗をやめる。

「おう、翼。花ちゃんも来てくれたのか」

 織人さんの姿を見て、二人はギョッとした。キングの格好で素顔を晒しているから。

「いろいろあったみたいだな」
「まあな。ちなみに、こいつが首謀者だ」

 綾華を顎で指した。
 
「なんなの、一体。どいつもこいつも寄ってたかって私をいじめて、何が楽しいのよ!」

 私たちは顔を見合わせ、再びへたり込んだ綾華を見下ろす。
 今、なんて言った?

「ふざけないで。さんざんいじめてきたのは綾華でしょ?」

 いかにも被害者ぶった態度がわざとらしく、見苦しく、ふてぶてしい。綾華への憎しみがめらめらと燃え上がる。

「謝りなさい。エミさんと格闘家の人たちにも。家族を人質にして借金まみれにして苦しめたことを、誠心誠意!」
「いやよ、私が悪いんじゃないもの」

 頭をブンブンと振り、拒絶した。

「……本気で言ってるの?」

 私も膝をつき、綾華と視線を合わせた。誰も口を出さず、見守っている。

「あなたでなければ、誰が悪いの?」
「……」

 ふと、私から目を逸らす。
 この女は息を吐くように嘘をつき、自分に都合の良い理屈で生きている。
 私を孤立させた時もそうだった。

「言ってみて。分かるように」
「偉そうに……!」

 悔しそうに顔を歪めるが、喚きはしなかった。
 いつの間にか、剛田や天空、負傷した男たちが集まっていた。猿渡も撮影を止めて、それぞれが恨めしそうに綾華を睨んでいる。

「しょ……しょうがないでしょ。だって私は、そういう風に育てられたんだもの。人をコントロールするのがお前の仕事だって。つまり、とにかく、あれもこれも全部パパのせいだし……そうよ、あの人が悪い。私だって被害者なんだから、謝る必要なんて……」

 その瞬間だった。
 長い間耐え続けてきた、張りつめた何かが、ブチギレた。

「ひあっ!!」

 綾華を殴った。
 拳を握りしめて思いっきり。
 至近距離からの、容赦ない一撃だった。

「ふぁっ、な、なにすんの……」
「うるさい! 黙れ! このクソ女!」

 綾華の襟首をつかみ、さらに打った。
 2発、3発、鼻血が噴き出たところで止められた。見なくてもわかる、織人さんだ。
 暴力なんて私らしくない。後悔すると知っているから。
 でも、どうしても許せない。

「いやあ、血が、血が……た、助けてぇ!」
「黙れって言ってんのよ!」

 両手で襟首を絞り上げ、がくがくと揺さぶる。自分のものとは思えないドスのきいた声と馬鹿力だった。

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