一億円の花嫁

大合戦！

３

「ま、待ってよ奈々子、お願い……。ほら、これ、これをあげるから」

　拳を握りしめる私に、綾華が怯えている。こんな表情を見るのは初めてだが、もちろん怒りは収まらない。
　綾華がポケットから何かを取り出し、私の前に掲げた。

「これまでパパがしてきた不正の証拠」
「？」

　それはUSBメモリだった。綾華が震え声で説明する。

「わ、私は、弟が生まれるまではニシノ製薬後継者で、パパの仕事をそばで見ていたの。とにかくパパは独善的で、金儲けのためなら悪事も厭わない。特に問題なのが、本業とは別の不正。例えば地下格での違法賭博や、金融関係のVIP会員から、上場企業の未公開情報を引き出したこととか」
「インサイダー取引か」

　織人さんが訊くと、綾華はうなずいた。

「だがインサイダーは隠しきれるもんじゃない。必ずバレるはずだろ」
「ええ、普通なら。でもパパは最初から逃げ道を用意していた。立場の弱い人を身代わりにして、証拠が残らないように」

　呆れてものも言えない。西野という男は、綾華が小物に思えるほどの大悪党だ。

「このメモリには、そういった不正に関する証拠データが入ってる。私は、私を切り捨てたパパを許せず、最後に騒ぎを起こしてから公表するつもりだったの……そのあとは、死のうとして」
「バカ言わないで、綾華」
　
　綾華の手からUSBをむしり取り、雪の上に放った。そしてもう一度、襟首を掴んで揺さぶる。

「ひ、く、苦し……！」
「バカ言ってんじゃないわよ！　あんたの父親が最悪の人間で、そのせいでこうなったって？　ふざけるんじゃない！」

　思いきりビンタした。
　綾華はもう口をきくこともできず、涙をこぼしながら私を見つめる。

「そうだよ、あんたの父親が諸悪の根源だよ。だからと言って、それが私たちを苦しめた言いわけになると思ってんの？　いじめられて、家族を人質に借金まみれにされて、夢も希望も踏みにじられたのに、『ああ、あなたも大変だったんですね』なんて許すとでも？　甘ったれるんじゃない！　友達がいなくなって、孤立させられて、どれだけつらかったか、そして怖かったか……！！」

　感情が昂り、止まらなかった。

「謝れ！　今すぐ、みんなに！！！
「うぁ…ごめ、ごめんなさ……私、ああっ、ああああああ……！！」

　雪の上に突っ伏し、綾華が声を上げて泣いた。

「ごめんなさいぃ……みなさん、本当に、すみませんでしたぁぁあああっ……うああああん、あぁあああっ」

　綾華はまるで、赤ん坊だった。無力で、自分では何もできなくて。
　そして、とてつもなく可哀そうになる。

「奈々子」

　織人さんが私を立たせて、抱き寄せた。

「織人さん、私……」
「大丈夫、よくやった。俺がついてるよ」
「う……」
　
　涙が滲んだ。
　泣きじゃくる綾華を前に、誰もが声もなく俯いている。


　真っ暗な闇に、冷たい雪が降り続く。
　やがて聞こえてきたサイレンの音が、長く悲壮な夜のエンディングテーマだった。