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強引なお誘い
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消毒薬の匂いがする。
ここは、学校の保健室? これから午後の授業が始まるのかしら。
じゃあ、そろそろ起きないと。せめて午後くらいは出席しなくちゃ。
五時限目は国語だったかな、それとも英語? それなら、頑張って教室に行こう……って、あれ?
私、まだ中学生だったっけ……?
「お客様。お目覚めになられましたか?」
「……」
丁寧な口調での呼びかけ。寝心地の良いベッド。もしかして、ここは、保健室ではなくて……
「ええっ!?」
意識が戻った私は瞬時に状況を理解し、がばりと起き上がった。
「ああっ、ご無理をなさらないでください」
ベッドを降りようとする私を、接客係の関根さんが慌てて止めた。彼女の後ろにスーツを着た中年男性が立ち、心配そうに見守っている。
ここは、ホテル「まゆき」のスイートルーム。私の部屋だ。
「い、生きてる。私、無事だったの?」
湖の遊歩道で猿のマスクを被った変態男に遭遇し、危害を加えられたはず。なのに、なぜ生きて帰って来られたのだろう。
動揺する私を見て、関根さんと中年男性が困ったように顔を見合わせた。
「大月様。私、総支配人の大野と申します。このたびはご迷惑をおかけして、まことに申しわけございません」
「……えっ?」
中年男性が前に進み出て、私に深々と頭を下げた。
なぜ、どうしてこの人が謝るのだろう。総支配人というと、ホテルの責任者である。
「あの……私は、湖の遊歩道で……」
「はい。大月様がお倒れになっているのを、私どもがお運びしました。そうなった理由も存じ上げております」
理由。つまり、なぜ私が倒れていたのか、その原因についてだ。
猿のマスクを思い出し、私はゾッとする。
「あ、いたた……」
額の横がズキっとしたので手をやると、ガーゼがあたっている。消毒薬の匂いは、これだったようだ。
「お倒れになった際、お怪我をなされたようです。先ほど手当てをさせていただきました」
「そうなんですね」
気を失って地面に倒れ、頭をぶつけたのだ。
そういえば他に痛むところはなく、危害を加えられた形跡がない。
私は、自分が無事であることをあらためて理解した。
「擦り傷とはいえ、お顔に傷を付けてしまったこと、本当に申しわけございません。大切なお客様に、大変な思いをさせてしまいました。このとおり謝罪いたします」
二人揃って頭を下げられ、私はたじろぐ。
なぜ彼らが謝罪するの? ホテルの管理する遊歩道で変質者が出て、お客である私が絡まれたから?
それとも、まさかあの変態がホテルの関係者だとか。
いやいや、絶対にありえない。品格ある高級ホテルに、あのような下品な男が関係するわけがない。
ここは、学校の保健室? これから午後の授業が始まるのかしら。
じゃあ、そろそろ起きないと。せめて午後くらいは出席しなくちゃ。
五時限目は国語だったかな、それとも英語? それなら、頑張って教室に行こう……って、あれ?
私、まだ中学生だったっけ……?
「お客様。お目覚めになられましたか?」
「……」
丁寧な口調での呼びかけ。寝心地の良いベッド。もしかして、ここは、保健室ではなくて……
「ええっ!?」
意識が戻った私は瞬時に状況を理解し、がばりと起き上がった。
「ああっ、ご無理をなさらないでください」
ベッドを降りようとする私を、接客係の関根さんが慌てて止めた。彼女の後ろにスーツを着た中年男性が立ち、心配そうに見守っている。
ここは、ホテル「まゆき」のスイートルーム。私の部屋だ。
「い、生きてる。私、無事だったの?」
湖の遊歩道で猿のマスクを被った変態男に遭遇し、危害を加えられたはず。なのに、なぜ生きて帰って来られたのだろう。
動揺する私を見て、関根さんと中年男性が困ったように顔を見合わせた。
「大月様。私、総支配人の大野と申します。このたびはご迷惑をおかけして、まことに申しわけございません」
「……えっ?」
中年男性が前に進み出て、私に深々と頭を下げた。
なぜ、どうしてこの人が謝るのだろう。総支配人というと、ホテルの責任者である。
「あの……私は、湖の遊歩道で……」
「はい。大月様がお倒れになっているのを、私どもがお運びしました。そうなった理由も存じ上げております」
理由。つまり、なぜ私が倒れていたのか、その原因についてだ。
猿のマスクを思い出し、私はゾッとする。
「あ、いたた……」
額の横がズキっとしたので手をやると、ガーゼがあたっている。消毒薬の匂いは、これだったようだ。
「お倒れになった際、お怪我をなされたようです。先ほど手当てをさせていただきました」
「そうなんですね」
気を失って地面に倒れ、頭をぶつけたのだ。
そういえば他に痛むところはなく、危害を加えられた形跡がない。
私は、自分が無事であることをあらためて理解した。
「擦り傷とはいえ、お顔に傷を付けてしまったこと、本当に申しわけございません。大切なお客様に、大変な思いをさせてしまいました。このとおり謝罪いたします」
二人揃って頭を下げられ、私はたじろぐ。
なぜ彼らが謝罪するの? ホテルの管理する遊歩道で変質者が出て、お客である私が絡まれたから?
それとも、まさかあの変態がホテルの関係者だとか。
いやいや、絶対にありえない。品格ある高級ホテルに、あのような下品な男が関係するわけがない。
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