一億円の花嫁

藤谷 郁

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夢の時間

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「えっ、どうしてスキー場に……って、あの、由比さん?」

 私は慌てて、センターハウスに入ろうとする彼のジャケットをつまんだ。

「おや、どうしました?」
「さっ、先ほども言いましたが、私は運動神経がゼロなので、スキーとかスノボとか絶対に無理です。大けがしてしまいます!」

 いくら王子様の誘いでも、スポーツだけはご遠慮する。斜面を転がり落ちて雪ダルマになるのがオチだ。彼にぶざまな姿を見られるなんて、耐えられない。

「ああ、違います、違います。あれに乗るんですよ」

 由比さんは微笑み、上のほうを指さした。センターハウスの背後をナイター照明が照らしている。そこにあるのは――

「ゴンドラ?」
「はい。このスキー場は、夜10時まで営業しています。楽しみ方はナイトスキーだけではありません。食事、温泉、ミニシアターなど、様々なサービスが提供されていて、中でもおすすめなのが夜の散策ですね」
「夜の……散策?」

 スキーやスノボが目的ではないらしい。
 詳しくは不明だが、ホッとした私はジャケットを離し、彼と並んでセンターハウスに入った。



「ここで少し、お待ちください」

 ロビーの椅子に私を座らせてから、由比さんがカウンターに向かった。係の人と、なにやら話している。

「ふう……びっくりした。運動するのかと思っちゃった」

 落ち着いたところで、周りを見回す。ファミリーやカップル、グループなど、いろんな客がいる。老若男女、偏りのない客層が、スキー場の多様なサービスをうかがわせた。

「でも、夜の散策って??」

 そういえば、彼は見せたいものがあると言って私を誘った。もしかしたら、ゴンドラで山の上まで行くと散歩コースがあって、夜景が見えるのかもしれない。だけど、そんな設備はガイドブックに載っていなかったような? 最新のアクティビティだろうか。

 あれこれ考えていると、由比さんが戻ってきた。腕にモコモコしたものを抱えている。

「ゴンドラの終点はかなり寒いので、これを着てください。レンタルしてきました」
「えっ?」

 手渡されたモコモコをよく見ると、スキーウェアのジャケットだ。オーバーサイズだけど、コートの上に羽織ると、ちょうど良い感じである。

 由比さんも、私のと同じデザインのウェアに袖を通し、準備した。お揃いみたいで、ちょっと嬉しい。

「わざわざすみません。ありがとうございます」
「どういたしまして。では早速、行きましょうか。乗り場はこちらです」
「あ、はい」

 いそいそと案内する由比さんに付いていく。彼の動きはスムーズで、まるで、何度も来ているかのように迷いがなかった。



 乗り場に着くと、数人の列が出来ていた。ゴンドラは四人乗りだが、若いカップルが多く、二人ずつ乗り込んでいく。
 回転が早く、すぐに順番が回ってきた。

 由比さんはチケットを持っていなかったが、「こんばんは」と、彼が挨拶すると、スタッフが恐縮した様子で扉を開けてくれた。

「ウチは株主なんだ」
「あ、なるほど。そうなんですね」

 由比さんの会社が、スキー場の経営にかかわっているらしい。どうりで施設情報に詳しく、迷いなく動けるわけだと納得する。

「わ……結構、スピードがありますね」

 発車して間もなく、ゴンドラがゆらゆらと揺れた。しばらくすると安定し、クリスマスソングのオルゴールがスピーカーから聞こえてきた。

 私と由比さんは、向き合って座った。閉ざされた空間ゆえか、なんとなく恥ずかしくなり、窓の外を覗く。

 下を見ると、ボーダーとスキーヤーがすいすい滑っている。高度が上がるにつれ、その姿は小さくなった。

「大月さん。高いところは、怖くないですか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「うんうん、良いですね」
「……?」

 なぜかさっきから、ご機嫌な様子。ゴンドラがお好きなのだろうか。

「えっと……」

 由比さんが私を見ている。
 距離が近くて、前を向くとどうしても目が合ってしまう。

 なにか話したほうがいいよね。

 だけど言葉が出ず、由比さんも黙ったまま。
 気まずくないだろうかと心配になって彼を窺うと、穏やかな表情だった。なんだか、とても優しい眼差し……

 素早く目を逸らし、うつむいた。
 頬が熱い。

 雪景色と、ロマンティックなオルゴールの音色。恋人とクリスマスを過ごすとしたら、こんな感じかしら。

(私、緊張してる。ああ……だけど、幸せ)

 12時の鐘が鳴るまで、あと少し。
 彼がくれたひと時を、一分一秒、大切に過ごそうと決めた。
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