一億円の花嫁

花ちゃんと私

１

　自宅の最寄駅に着いたのは、夕方だった。

「ああ、帰りたくない……」

　日曜日なので通勤ラッシュもなく、電車は空いていた。街ものんびりとした空気に包まれている。
　私は荷物を持ち直すと、ため息を一つついてから、のろのろと歩き出した。

　5分もすれば家に着いてしまう。もっと後の電車にすれば良かった。でも、どこかに寄り道して、遊ぶ気分でもなく。
　それに、逃避しても虚しいだけ。いずれにしろ、私の帰る場所は決まっているのだから。

「時間が戻ったみたい……」

　高原は冬景色だったが、東京はまだ秋であり、コートを脱いでもいいくらいの気温だった。
　冬が懐かしい。
　これからその季節に向かうというのに、へんてこな気持ちになる。
　いや、違う。

　これは感傷だ。
　私の心は、悲しみでいっぱいなのだと、自覚している。

　見上げれば、夕暮れの空。また、あの人のことを考えてしまう自分を、どうしようもなかった。

　――『このまま東京に戻る』

　彼はそう言って、目の前から消えた。大事な仕事を思い出して、東京に戻った。ということは、同じ東京の空の下にいるのだ。
　でも、それだけの話。
　私たちはもう、二度と会わないのだから。

「会いたいけど、会えない。ていうか、会いたいのは私だけで……」

　どうしようもないことを考えてばかりで、つらい。
　このまま家に帰り、家族にあれこれ小言を言われるのもつらい。

　角を曲がれば自宅が見えてくる。

「先に花ちゃんちに行って、お土産を渡そう」

　私は立ち止まると、回れ右をして、反対方向へと進んだ。