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花ちゃんと私
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「台所で茶を入れてくる。寒かったら暖房をつけても良いぞ」
「うん、ありがとう」
しばらくすると花ちゃんが戻ってきて、煎茶とお菓子を出してくれた。
小さなちゃぶ台を挟み、二人が向き合う。
「あっ、三日月堂のどらやきだ」
「この季節になると、ばあ様が買ってくるのだ。奈々子の好物であったな」
「そうそう。特に紅あんがおいしいのよね。いただきまあす」
「……」
もぐもぐと口を動かす私を、花ちゃんがじっと見てきた。黒目がちの丸い目に、戸惑う私が映っている。
「ばあ様が、奈々子の母君から聞いたそうだが……そなた、見合いをするのか」
「ウッ」
どら焼きが喉に詰まり、けほけほとむせた。
「落ち着け」
花ちゃんがティッシュの箱を寄越す。
私は口元を拭ってから、お茶を一口飲んだ。どら焼きが喉を下りて、ほっとする。
「その狼狽ぶり。まことのようだな」
「う、うん。実は、お父さんが勝手に話を進めてしまって」
「かなり年上の、中年男だとか。父君のことだ。どうせ、金儲けのために受けた話だろう」
「……そのとおりです」
さすが花ちゃん。父の性格も、家族の中で私がどんな立場なのかも、よく知っている。
「此度の旅行は、独身最後の憂さ晴らしといったところか。つまり、父君の命に従い、結婚するつもりなのだな」
「……だって、逆らえないもの」
力なく答えると、花ちゃんは苛立った様子になり、どら焼きをむしゃむしゃと食べた。
「だがしかし……もぐもぐ……旅を終えたというのに、おぬしはもぐもぐ……まっすぐ家に帰ろうとせん。それはもぐ……覚悟が揺らいでおる証拠よ」
「えっ……」
花ちゃんはどら焼きを飲み込むと、ズバリと指摘した。
「旅先で何かあったのだろう。正直に申してみよ」
旅で起きたことを、花ちゃんに話した。
最初から最後まで、全部。由比さんとキスをしたことまで打ち明けた。
かなり恥ずかしかったけれど、花ちゃんは真面目に聞いてくれた。
たぶん私が、真面目だったから。
「なるほど。そなたにしては、ずいぶんと過激な経験をしたものよ。予想をはるかに上回る告白であったわ」
花ちゃんはお茶を飲み切ると、しばし黙考した。静かな部屋に、エアコンの音だけが微かに聞こえる。
「つまり奈々子は、惚れたのだな。その、由比という男に」
「えっ?」
はっきりと言われて、ドキッとする。
「それこそが、迷いの原因であろう」
「う、うん」
由比さんについて話すうちに、実感がわいてきた。私は彼を忘れられない。二度と会えない、手の届かない人なのに。
花ちゃんの言うとおり、私は彼に、恋をしてしまったのだ。旅先で出会い、たった一度デートしただけの王子様に。
「でも、そもそもあれは、デートというより……」
彼の親切心からくる、接待だった。
「よく分からないけど、なぜか由比さんには、私の願望がバレてたの。だから彼は、それを叶えてくれただけで……それでも、思い出すだけでドキドキして、たまらない。望みどおり、一生の思い出ができたのだから十分なはずなのに、好きな気持ちがふくらんで、切なくて……」
「のう、奈々子」
花ちゃんが居住まいを正し、私をまっすぐに見つめた。
「わしは、そなたの親友じゃ。家族と同じくらい大切に思うておる。だからこそ、あえて厳しいことを言わせてもらうが」
「な、何?」
私も釣られて、姿勢を正す。花ちゃんの態度は、これ以上ないくらい真剣だった。
「うん、ありがとう」
しばらくすると花ちゃんが戻ってきて、煎茶とお菓子を出してくれた。
小さなちゃぶ台を挟み、二人が向き合う。
「あっ、三日月堂のどらやきだ」
「この季節になると、ばあ様が買ってくるのだ。奈々子の好物であったな」
「そうそう。特に紅あんがおいしいのよね。いただきまあす」
「……」
もぐもぐと口を動かす私を、花ちゃんがじっと見てきた。黒目がちの丸い目に、戸惑う私が映っている。
「ばあ様が、奈々子の母君から聞いたそうだが……そなた、見合いをするのか」
「ウッ」
どら焼きが喉に詰まり、けほけほとむせた。
「落ち着け」
花ちゃんがティッシュの箱を寄越す。
私は口元を拭ってから、お茶を一口飲んだ。どら焼きが喉を下りて、ほっとする。
「その狼狽ぶり。まことのようだな」
「う、うん。実は、お父さんが勝手に話を進めてしまって」
「かなり年上の、中年男だとか。父君のことだ。どうせ、金儲けのために受けた話だろう」
「……そのとおりです」
さすが花ちゃん。父の性格も、家族の中で私がどんな立場なのかも、よく知っている。
「此度の旅行は、独身最後の憂さ晴らしといったところか。つまり、父君の命に従い、結婚するつもりなのだな」
「……だって、逆らえないもの」
力なく答えると、花ちゃんは苛立った様子になり、どら焼きをむしゃむしゃと食べた。
「だがしかし……もぐもぐ……旅を終えたというのに、おぬしはもぐもぐ……まっすぐ家に帰ろうとせん。それはもぐ……覚悟が揺らいでおる証拠よ」
「えっ……」
花ちゃんはどら焼きを飲み込むと、ズバリと指摘した。
「旅先で何かあったのだろう。正直に申してみよ」
旅で起きたことを、花ちゃんに話した。
最初から最後まで、全部。由比さんとキスをしたことまで打ち明けた。
かなり恥ずかしかったけれど、花ちゃんは真面目に聞いてくれた。
たぶん私が、真面目だったから。
「なるほど。そなたにしては、ずいぶんと過激な経験をしたものよ。予想をはるかに上回る告白であったわ」
花ちゃんはお茶を飲み切ると、しばし黙考した。静かな部屋に、エアコンの音だけが微かに聞こえる。
「つまり奈々子は、惚れたのだな。その、由比という男に」
「えっ?」
はっきりと言われて、ドキッとする。
「それこそが、迷いの原因であろう」
「う、うん」
由比さんについて話すうちに、実感がわいてきた。私は彼を忘れられない。二度と会えない、手の届かない人なのに。
花ちゃんの言うとおり、私は彼に、恋をしてしまったのだ。旅先で出会い、たった一度デートしただけの王子様に。
「でも、そもそもあれは、デートというより……」
彼の親切心からくる、接待だった。
「よく分からないけど、なぜか由比さんには、私の願望がバレてたの。だから彼は、それを叶えてくれただけで……それでも、思い出すだけでドキドキして、たまらない。望みどおり、一生の思い出ができたのだから十分なはずなのに、好きな気持ちがふくらんで、切なくて……」
「のう、奈々子」
花ちゃんが居住まいを正し、私をまっすぐに見つめた。
「わしは、そなたの親友じゃ。家族と同じくらい大切に思うておる。だからこそ、あえて厳しいことを言わせてもらうが」
「な、何?」
私も釣られて、姿勢を正す。花ちゃんの態度は、これ以上ないくらい真剣だった。
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