34 / 198
新たな見合い話
2
しおりを挟む
「あら、お帰りなさい。ずいぶんのんびりしてたのね」
自室のドアを開けようとした時、声をかけられた。
「あ、お姉ちゃん。ただいま」
姉の薫である。こんな時間に家にいるのは珍しい。そうか、今日は日曜日だったと思い出して、納得する。
「長野に行ったんだって? ぼっちで旅行なんて、あんたらしいよね」
「……」
意地悪な笑みを浮かべる彼女に、私は言い返す言葉もない。目を逸らし、黙ってドアを開けた。
「あんたのお見合いの件で、家族会議するんだって」
部屋に入る私を引き留めるように、姉が早口で言った。
「家族会議?」
思わず反応すると、姉は長い髪を気だるげにかきあげ、ため息をつく。
「見合いを早めてくれとか、言ってきたんじゃない? まったく……あんたに関する話はロクなもんじゃない。ていうか、マジであんなブタ野郎と結婚するつもり?」
「ブ、ブタ野郎って……」
三つ違いの姉は、私と違ってプライドが高く、気性が激しい上に口も悪かった。
私の見合い相手の写真を見て、「ブタじゃん」とケラケラ笑い、父に怒られていた。
その後、彼の評判を調べて、「あんなのと親族になるなんて最低!」と、たびたび私をなじるのだった。
「だって、お父さんが……」
「奈々子!」
姉が拳で、壁をドンと叩いた。
すごい目で睨まれ、私は震え上がる。
「あんたって、いつもそう。何でもなあなあにして、それで丸くおさまると思ってる。学習能力がないにも程があるわ。どれだけイライラさせんのよ!」
「ご、ごめん、お姉ちゃん。だけど私……」
「もういい、喋るな。とっととブタ野郎と結婚して、大月家を出て行くがいいわ。私の代になったら、縁を切ってやるから」
姉は一方的に捲し立てると、勢いよく階段を降りていった。
「……お姉ちゃん」
縁を切る。
それは、他人になるということ。
これまでも、ずっと思ってきたのだろう。分かってはいたが、いざ口にされると、衝撃的な言葉だった。
でも、そうすれば、これ以上姉に嫌な思いをさせずに済む。
仕方ない。
もう何もかも、遅すぎるのだ。
リビングに行くと、両親と姉が向き合い、ソファに座っていた。
「待っていたぞ、奈々子。早く座りなさい」
いつにもましてせっかちな口調で、父が指図する。そして、どこか緊張した様子でもあった。
家族会議を開くぐらいだから、緊急の用件だろう。見合い相手が、何か言ってきたのだ。
姉の予想どおり、見合いの日を早めてほしいとの要望だったら、どうしよう。そうでなければ、条件を追加するとか……いずれにしろ、私にとって好ましくない話であるのは確かだ。
私が姉の隣に座ると、父があらたまった表情になる。テーブルの上に、書類用の封筒が置かれていた。
「では、家族会議を始める」
母は父の隣にきちんと座り、聞く体勢をとった。姉はつまらなそうに横を向いている。
議題の当事者である私は、縮こまりながら父の言葉を待つ。死刑判決が下されようとする、被告人の気分だ。
「今日の午前中、坂崎さんが電話をくれた」
私がお見合いする予定の、サカザキ不動産の社長である。
「あの人らしくもない神妙な声で、こう切り出されたのだ。奈々子さんとの見合い話を、キャンセルしたいと」
(えっ……!?)
私はもちろん、母も姉も目を丸くした。まったく想定外の話である。
「どういうことです? 先方はずいぶん乗り気だったじゃありませんか」
母が心外な様子で、キャンセルの理由を父に訊ねた。
私はといえば、ただただ驚くばかりで、口も利けない。もしかして、死刑を免れたのだろうか。
「それがな、実は……」
父が私を見やり、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「……あなた?」
母が覗き込むと父はハッとして、もとどおり厳しい顔つきになった。
「奈々子がどうかしたのですか?」
「いや、何でもない」
(びっくりした……)
ほんの一瞬だったが、父が私に微笑みかけた。あんな嬉しそうな顔、もう何年も見たことがない。
一体、何が起きたのだろう。
逆に、嫌な予感がしてきた。
自室のドアを開けようとした時、声をかけられた。
「あ、お姉ちゃん。ただいま」
姉の薫である。こんな時間に家にいるのは珍しい。そうか、今日は日曜日だったと思い出して、納得する。
「長野に行ったんだって? ぼっちで旅行なんて、あんたらしいよね」
「……」
意地悪な笑みを浮かべる彼女に、私は言い返す言葉もない。目を逸らし、黙ってドアを開けた。
「あんたのお見合いの件で、家族会議するんだって」
部屋に入る私を引き留めるように、姉が早口で言った。
「家族会議?」
思わず反応すると、姉は長い髪を気だるげにかきあげ、ため息をつく。
「見合いを早めてくれとか、言ってきたんじゃない? まったく……あんたに関する話はロクなもんじゃない。ていうか、マジであんなブタ野郎と結婚するつもり?」
「ブ、ブタ野郎って……」
三つ違いの姉は、私と違ってプライドが高く、気性が激しい上に口も悪かった。
私の見合い相手の写真を見て、「ブタじゃん」とケラケラ笑い、父に怒られていた。
その後、彼の評判を調べて、「あんなのと親族になるなんて最低!」と、たびたび私をなじるのだった。
「だって、お父さんが……」
「奈々子!」
姉が拳で、壁をドンと叩いた。
すごい目で睨まれ、私は震え上がる。
「あんたって、いつもそう。何でもなあなあにして、それで丸くおさまると思ってる。学習能力がないにも程があるわ。どれだけイライラさせんのよ!」
「ご、ごめん、お姉ちゃん。だけど私……」
「もういい、喋るな。とっととブタ野郎と結婚して、大月家を出て行くがいいわ。私の代になったら、縁を切ってやるから」
姉は一方的に捲し立てると、勢いよく階段を降りていった。
「……お姉ちゃん」
縁を切る。
それは、他人になるということ。
これまでも、ずっと思ってきたのだろう。分かってはいたが、いざ口にされると、衝撃的な言葉だった。
でも、そうすれば、これ以上姉に嫌な思いをさせずに済む。
仕方ない。
もう何もかも、遅すぎるのだ。
リビングに行くと、両親と姉が向き合い、ソファに座っていた。
「待っていたぞ、奈々子。早く座りなさい」
いつにもましてせっかちな口調で、父が指図する。そして、どこか緊張した様子でもあった。
家族会議を開くぐらいだから、緊急の用件だろう。見合い相手が、何か言ってきたのだ。
姉の予想どおり、見合いの日を早めてほしいとの要望だったら、どうしよう。そうでなければ、条件を追加するとか……いずれにしろ、私にとって好ましくない話であるのは確かだ。
私が姉の隣に座ると、父があらたまった表情になる。テーブルの上に、書類用の封筒が置かれていた。
「では、家族会議を始める」
母は父の隣にきちんと座り、聞く体勢をとった。姉はつまらなそうに横を向いている。
議題の当事者である私は、縮こまりながら父の言葉を待つ。死刑判決が下されようとする、被告人の気分だ。
「今日の午前中、坂崎さんが電話をくれた」
私がお見合いする予定の、サカザキ不動産の社長である。
「あの人らしくもない神妙な声で、こう切り出されたのだ。奈々子さんとの見合い話を、キャンセルしたいと」
(えっ……!?)
私はもちろん、母も姉も目を丸くした。まったく想定外の話である。
「どういうことです? 先方はずいぶん乗り気だったじゃありませんか」
母が心外な様子で、キャンセルの理由を父に訊ねた。
私はといえば、ただただ驚くばかりで、口も利けない。もしかして、死刑を免れたのだろうか。
「それがな、実は……」
父が私を見やり、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「……あなた?」
母が覗き込むと父はハッとして、もとどおり厳しい顔つきになった。
「奈々子がどうかしたのですか?」
「いや、何でもない」
(びっくりした……)
ほんの一瞬だったが、父が私に微笑みかけた。あんな嬉しそうな顔、もう何年も見たことがない。
一体、何が起きたのだろう。
逆に、嫌な予感がしてきた。
15
あなたにおすすめの小説
昨日、あなたに恋をした
菱沼あゆ
恋愛
高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。
久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。
私、今日も明日も、あさっても、
きっとお仕事がんばります~っ。
期待外れな吉田さん、自由人な前田くん
松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。
***
「吉田さん、独り言うるさい」
「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」
「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」
「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」
「……」
「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」
***
ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。
関連作品(主役)
『神崎くんは残念なイケメン』(香子)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト)
*前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる