一億円の花嫁

藤谷 郁

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新たな見合い話

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「あら、お帰りなさい。ずいぶんのんびりしてたのね」

 自室のドアを開けようとした時、声をかけられた。

「あ、お姉ちゃん。ただいま」

 姉のかおるである。こんな時間に家にいるのは珍しい。そうか、今日は日曜日だったと思い出して、納得する。

「長野に行ったんだって? ぼっちで旅行なんて、あんたらしいよね」
「……」

 意地悪な笑みを浮かべる彼女に、私は言い返す言葉もない。目を逸らし、黙ってドアを開けた。

「あんたのお見合いの件で、家族会議するんだって」

 部屋に入る私を引き留めるように、姉が早口で言った。

「家族会議?」

 思わず反応すると、姉は長い髪を気だるげにかきあげ、ため息をつく。

「見合いを早めてくれとか、言ってきたんじゃない? まったく……あんたに関する話はロクなもんじゃない。ていうか、マジであんなブタ野郎と結婚するつもり?」
「ブ、ブタ野郎って……」

 三つ違いの姉は、私と違ってプライドが高く、気性が激しい上に口も悪かった。

 私の見合い相手の写真を見て、「ブタじゃん」とケラケラ笑い、父に怒られていた。
 その後、彼の評判を調べて、「あんなのと親族になるなんて最低!」と、たびたび私をなじるのだった。

「だって、お父さんが……」
「奈々子!」

 姉が拳で、壁をドンと叩いた。
 すごい目で睨まれ、私は震え上がる。

「あんたって、いつもそう。何でもなあなあにして、それで丸くおさまると思ってる。学習能力がないにも程があるわ。どれだけイライラさせんのよ!」
「ご、ごめん、お姉ちゃん。だけど私……」
「もういい、喋るな。とっととブタ野郎と結婚して、大月家を出て行くがいいわ。私の代になったら、縁を切ってやるから」

 姉は一方的に捲し立てると、勢いよく階段を降りていった。

「……お姉ちゃん」

 縁を切る。
 それは、他人になるということ。

 これまでも、ずっと思ってきたのだろう。分かってはいたが、いざ口にされると、衝撃的な言葉だった。

 でも、そうすれば、これ以上姉に嫌な思いをさせずに済む。
 仕方ない。
 
 もう何もかも、遅すぎるのだ。



 リビングに行くと、両親と姉が向き合い、ソファに座っていた。

「待っていたぞ、奈々子。早く座りなさい」

 いつにもましてせっかちな口調で、父が指図する。そして、どこか緊張した様子でもあった。

 家族会議を開くぐらいだから、緊急の用件だろう。見合い相手が、何か言ってきたのだ。

 姉の予想どおり、見合いの日を早めてほしいとの要望だったら、どうしよう。そうでなければ、条件を追加するとか……いずれにしろ、私にとって好ましくない話であるのは確かだ。

 私が姉の隣に座ると、父があらたまった表情になる。テーブルの上に、書類用の封筒が置かれていた。

「では、家族会議を始める」

 母は父の隣にきちんと座り、聞く体勢をとった。姉はつまらなそうに横を向いている。

 議題の当事者である私は、縮こまりながら父の言葉を待つ。死刑判決が下されようとする、被告人の気分だ。

「今日の午前中、坂崎さかざきさんが電話をくれた」

 私がお見合いする予定の、サカザキ不動産の社長である。

「あの人らしくもない神妙な声で、こう切り出されたのだ。奈々子さんとの見合い話を、キャンセルしたいと」

(えっ……!?)

 私はもちろん、母も姉も目を丸くした。まったく想定外の話である。

「どういうことです? 先方はずいぶん乗り気だったじゃありませんか」

 母が心外な様子で、キャンセルの理由を父に訊ねた。
 私はといえば、ただただ驚くばかりで、口も利けない。もしかして、死刑を免れたのだろうか。


「それがな、実は……」

 父が私を見やり、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「……あなた?」

 母が覗き込むと父はハッとして、もとどおり厳しい顔つきになった。
 
「奈々子がどうかしたのですか?」
「いや、何でもない」

(びっくりした……)

 ほんの一瞬だったが、父が私に微笑みかけた。あんな嬉しそうな顔、もう何年も見たことがない。
 一体、何が起きたのだろう。
 逆に、嫌な予感がしてきた。
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