一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
35 / 198
新たな見合い話

しおりを挟む
「もう、あなたってば、早く理由をおっしゃってくださいな」
「うむ」

 母がせっつくが、父はなかなか答えない。わざともったいつけているように見える。
 
「何よ、あのブタ……じゃなくて坂崎社長の気が変わったってこと?」

 姉が苛立った声で口を挟んだ。じれったくなったのだろう。
 父はしかし慌てず、ゆるゆると首を横に振った。

「いいや。坂崎さんは、見合いを心待ちにしていた。ところが事情が変わったのだよ」
「だから、どんな風に?」

 父と姉はどちらも短気で、よくケンカしている。だが今日は、姉が一方的に苛立つばかりで、父は余裕すらうかがえる。
 私はますます、嫌な予感に苛まれた。

「実はな、坂崎さんに見合いを代わってほしいと頼んだ人物がいるのだ。その人が、奈々子をぜひ嫁にと望んでおる」
「ええっ!?」

 母と姉が同時に叫ぶ。
 私は瞬きすらできず、固まったまま。

「私も驚いたよ。奈々子を望む人間が、坂崎さんの他にいるとは。それでな、よくよく聞いたら、とんでもなく良い話なんだ、これが。ふははは……!」

 父の笑い声がリビングに響く。
 母と姉は顔を見合わせ、驚きつつも納得の様子になった。

「なんだ、結局そういうお話ですか。ほほほ……坂崎社長がお譲りになるほどの方なら、それなりの地位にいらっしゃるはず。良かったわねえ、奈々子」
「てことは、ブタ野郎と同類? どこのオッサンよ」
 
 私はもう、どうにかなりそうだった。天国と地獄を行ったり来たり、身も心もボロボロで、耐えられない。

「でかしたぞ、奈々子。まさか、落ちこぼれのお前が、これほど大きなビジネスチャンスを運んで来るとは夢にも思わなんだ。わはは、わははは……」

 どこの誰かは知らないが、またしても政略結婚。父が私に微笑んだのは、やはり、そういうわけだったのだ。

 私にとって新たな見合い話は、絞首台が電気椅子に変わっただけの、新たな死刑宣告だった。

「それで、今度のお相手というのは? 当然、ご立派な方なんでしょうね」

 母が期待を込めた目で父を見つめる。父ほどではないが、彼女も見栄っ張りなので、『良い話』が嬉しいのだろう。

「うむ、もちろん立派な人物だよ」

 父がうなずき、テーブルの書類用封筒を手に取った。

「身上書がその中に?」
「ああ。写真も入っておるぞ」

 父にとって『良い話』とは、すなわち『良い儲け話』のこと。今回の見合いがどれほど彼の「得」になるのか、顔つきに表れている。

 いかにも楽しげな様子は、坂崎さんの話を持ってきた時とは、ずいぶんな違いだった。

「もったいぶらずに、早く見せてよ。どうせまた、中年太りのオッサンでしょ?」

 姉が馬鹿にしたように言う。
 正直、私も同じ想像をした。もう、相手がどんな容姿だろうと、どうでもいいけれど……

「なんてことを言うんだ。確かに坂崎さんはアレだったが、今度のお相手は……」

 父がハッとして、口を覆った。
 焦った様子の父を、皆が不思議そうに眺める。家族の前で、こんな態度は珍しかった。

「あなた、どうなさったの?」
「ああ、いやいや……なんでもない」

 父は咳払いを一つすると、封筒を膝の上に置く。そして、神妙な口調でそれを告げた。

「実は……坂崎さんを介して、先方から要望をもらったのだ。今回の件は見合い当日まで、家族はもとより、本人にも情報を伏せて進めてほしいと。だから、この書類は見せられん。奈々子にも、お前たち家族にも」
「どういうことですの?」

 母が詰め寄るが父は応えず、私を見据えた。

「約束したのだ。すべての情報を機密にすると」

 嫌な予感しかしない。
 だけどもう、ほとんどどうでもよかった。私はとにかく、早く家族会議を終えて、一人になりたいばかり。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】ソレは、脱がさないで

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング2位 パッとしない私を少しだけ特別にしてくれるランジェリー。 ランジェリー会社で今日も私の胸を狙ってくる男がいる。 関連物語 『経理部の女王様が落ちた先には』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高4位 ベリーズカフェさんにて総合ランキング最高4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 『FUJIメゾン・ビビ~インターフォンを鳴らして~』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高11位 『わたしを見て 触って キスをして 恋をして』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高25位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ
恋愛
 高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。 久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。  私、今日も明日も、あさっても、  きっとお仕事がんばります~っ。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

処理中です...