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新たな見合い話
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「もう、あなたってば、早く理由をおっしゃってくださいな」
「うむ」
母がせっつくが、父はなかなか答えない。わざともったいつけているように見える。
「何よ、あのブタ……じゃなくて坂崎社長の気が変わったってこと?」
姉が苛立った声で口を挟んだ。じれったくなったのだろう。
父はしかし慌てず、ゆるゆると首を横に振った。
「いいや。坂崎さんは、見合いを心待ちにしていた。ところが事情が変わったのだよ」
「だから、どんな風に?」
父と姉はどちらも短気で、よくケンカしている。だが今日は、姉が一方的に苛立つばかりで、父は余裕すらうかがえる。
私はますます、嫌な予感に苛まれた。
「実はな、坂崎さんに見合いを代わってほしいと頼んだ人物がいるのだ。その人が、奈々子をぜひ嫁にと望んでおる」
「ええっ!?」
母と姉が同時に叫ぶ。
私は瞬きすらできず、固まったまま。
「私も驚いたよ。奈々子を望む人間が、坂崎さんの他にいるとは。それでな、よくよく聞いたら、とんでもなく良い話なんだ、これが。ふははは……!」
父の笑い声がリビングに響く。
母と姉は顔を見合わせ、驚きつつも納得の様子になった。
「なんだ、結局そういうお話ですか。ほほほ……坂崎社長がお譲りになるほどの方なら、それなりの地位にいらっしゃるはず。良かったわねえ、奈々子」
「てことは、ブタ野郎と同類? どこのオッサンよ」
私はもう、どうにかなりそうだった。天国と地獄を行ったり来たり、身も心もボロボロで、耐えられない。
「でかしたぞ、奈々子。まさか、落ちこぼれのお前が、これほど大きなビジネスチャンスを運んで来るとは夢にも思わなんだ。わはは、わははは……」
どこの誰かは知らないが、またしても政略結婚。父が私に微笑んだのは、やはり、そういうわけだったのだ。
私にとって新たな見合い話は、絞首台が電気椅子に変わっただけの、新たな死刑宣告だった。
「それで、今度のお相手というのは? 当然、ご立派な方なんでしょうね」
母が期待を込めた目で父を見つめる。父ほどではないが、彼女も見栄っ張りなので、『良い話』が嬉しいのだろう。
「うむ、もちろん立派な人物だよ」
父がうなずき、テーブルの書類用封筒を手に取った。
「身上書がその中に?」
「ああ。写真も入っておるぞ」
父にとって『良い話』とは、すなわち『良い儲け話』のこと。今回の見合いがどれほど彼の「得」になるのか、顔つきに表れている。
いかにも楽しげな様子は、坂崎さんの話を持ってきた時とは、ずいぶんな違いだった。
「もったいぶらずに、早く見せてよ。どうせまた、中年太りのオッサンでしょ?」
姉が馬鹿にしたように言う。
正直、私も同じ想像をした。もう、相手がどんな容姿だろうと、どうでもいいけれど……
「なんてことを言うんだ。確かに坂崎さんはアレだったが、今度のお相手は……」
父がハッとして、口を覆った。
焦った様子の父を、皆が不思議そうに眺める。家族の前で、こんな態度は珍しかった。
「あなた、どうなさったの?」
「ああ、いやいや……なんでもない」
父は咳払いを一つすると、封筒を膝の上に置く。そして、神妙な口調でそれを告げた。
「実は……坂崎さんを介して、先方から要望をもらったのだ。今回の件は見合い当日まで、家族はもとより、本人にも情報を伏せて進めてほしいと。だから、この書類は見せられん。奈々子にも、お前たち家族にも」
「どういうことですの?」
母が詰め寄るが父は応えず、私を見据えた。
「約束したのだ。すべての情報を機密にすると」
嫌な予感しかしない。
だけどもう、ほとんどどうでもよかった。私はとにかく、早く家族会議を終えて、一人になりたいばかり。
「うむ」
母がせっつくが、父はなかなか答えない。わざともったいつけているように見える。
「何よ、あのブタ……じゃなくて坂崎社長の気が変わったってこと?」
姉が苛立った声で口を挟んだ。じれったくなったのだろう。
父はしかし慌てず、ゆるゆると首を横に振った。
「いいや。坂崎さんは、見合いを心待ちにしていた。ところが事情が変わったのだよ」
「だから、どんな風に?」
父と姉はどちらも短気で、よくケンカしている。だが今日は、姉が一方的に苛立つばかりで、父は余裕すらうかがえる。
私はますます、嫌な予感に苛まれた。
「実はな、坂崎さんに見合いを代わってほしいと頼んだ人物がいるのだ。その人が、奈々子をぜひ嫁にと望んでおる」
「ええっ!?」
母と姉が同時に叫ぶ。
私は瞬きすらできず、固まったまま。
「私も驚いたよ。奈々子を望む人間が、坂崎さんの他にいるとは。それでな、よくよく聞いたら、とんでもなく良い話なんだ、これが。ふははは……!」
父の笑い声がリビングに響く。
母と姉は顔を見合わせ、驚きつつも納得の様子になった。
「なんだ、結局そういうお話ですか。ほほほ……坂崎社長がお譲りになるほどの方なら、それなりの地位にいらっしゃるはず。良かったわねえ、奈々子」
「てことは、ブタ野郎と同類? どこのオッサンよ」
私はもう、どうにかなりそうだった。天国と地獄を行ったり来たり、身も心もボロボロで、耐えられない。
「でかしたぞ、奈々子。まさか、落ちこぼれのお前が、これほど大きなビジネスチャンスを運んで来るとは夢にも思わなんだ。わはは、わははは……」
どこの誰かは知らないが、またしても政略結婚。父が私に微笑んだのは、やはり、そういうわけだったのだ。
私にとって新たな見合い話は、絞首台が電気椅子に変わっただけの、新たな死刑宣告だった。
「それで、今度のお相手というのは? 当然、ご立派な方なんでしょうね」
母が期待を込めた目で父を見つめる。父ほどではないが、彼女も見栄っ張りなので、『良い話』が嬉しいのだろう。
「うむ、もちろん立派な人物だよ」
父がうなずき、テーブルの書類用封筒を手に取った。
「身上書がその中に?」
「ああ。写真も入っておるぞ」
父にとって『良い話』とは、すなわち『良い儲け話』のこと。今回の見合いがどれほど彼の「得」になるのか、顔つきに表れている。
いかにも楽しげな様子は、坂崎さんの話を持ってきた時とは、ずいぶんな違いだった。
「もったいぶらずに、早く見せてよ。どうせまた、中年太りのオッサンでしょ?」
姉が馬鹿にしたように言う。
正直、私も同じ想像をした。もう、相手がどんな容姿だろうと、どうでもいいけれど……
「なんてことを言うんだ。確かに坂崎さんはアレだったが、今度のお相手は……」
父がハッとして、口を覆った。
焦った様子の父を、皆が不思議そうに眺める。家族の前で、こんな態度は珍しかった。
「あなた、どうなさったの?」
「ああ、いやいや……なんでもない」
父は咳払いを一つすると、封筒を膝の上に置く。そして、神妙な口調でそれを告げた。
「実は……坂崎さんを介して、先方から要望をもらったのだ。今回の件は見合い当日まで、家族はもとより、本人にも情報を伏せて進めてほしいと。だから、この書類は見せられん。奈々子にも、お前たち家族にも」
「どういうことですの?」
母が詰め寄るが父は応えず、私を見据えた。
「約束したのだ。すべての情報を機密にすると」
嫌な予感しかしない。
だけどもう、ほとんどどうでもよかった。私はとにかく、早く家族会議を終えて、一人になりたいばかり。
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