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ロマンス小説!?
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家族会議の翌日から、見合いの準備が始まった。
先方の要望により、当日は二人きりで会うことになった。都心のラグジュアリーホテルでお見合いするというので、母が着物やら美容院の予約やら、あれこれ世話してくる。
まるで自分のことのように張りきる母と、満足そうに見守る父。このお見合い、断るという選択は許されないのだ。
無気力かつ、あきらめ顔の私に対して、姉だけが不機嫌だった。
それにしても……私は一体、どんな相手と結婚するのだろう。面識のある人と父は言うが、やはり思い当たらず。
見合いの準備をしながら、ふと考える。だけど、すぐにやめた。姉の推測どおり、父が喜ぶような相手なら、坂崎社長と同じタイプだ。
私の理想は、穏やかで優しくて、それでいて頼もしいヒーロー。
現実はロマンス小説のようにいかない。私はヒロインではなく、モブなのだから。
◇ ◇ ◇
お見合いを二日後に控えた、金曜日の午後。
ようやくすべての準備がととのい、時間ができたので、私は勤めていた会社に出向き、最後の挨拶をした。有給を消化して、それきりでも良かったのだが、お世話になった職場の皆に、お礼とお詫びがしたかったのだ。
彼らは、家庭の事情で突然辞めることになった私に、「元気でね」「寂しくなるね」と、声をかけてくれた。仕事以外の付き合いに消極的で、影の薄い存在だった私なのに――戸惑いながらも、素直にありがたいと思った。
こんな自分でも、仲間と認めてもらえたのかな。帰りに寄った駅ビルのカフェで、予想外の嬉しさと感傷に浸った。
「まだ三時か。もう少し街をぶらぶらして、買い物でもしようかな……あっ、そうだ!」
今日は、毎月購入しているロマンス小説の発売日だ。忙しさにかまけて、すっかり忘れていた。
「電子書籍でもいいけど……せっかくだから覗いていこう」
カフェを出て、ビル内の書店へと向かった。
「ああ、やっぱり本屋さんっていいなあ」
平台に並ぶロマンス小説を見て、久しぶりに気分が高揚した。しかも今月のラインナップには、好きな作家の新刊があった。
「一年ぶりの新作だよね。どんなストーリーだろう」
表紙イラストでは、ウエディングドレスを着たヒロインが、タキシードのヒーローに抱き上げられている。ヒーローは綺麗な顔立ちだが、逞しい体躯の美丈夫タイプだ。
「このヒーロー……少し、由比さんに似てる」
ドキドキしながら本を手に取り、裏表紙に記載されたあらすじを読んでみた。
【大富豪の強引な求婚~あらすじ】
エミリーは政治家の娘。一か月後に、父親の命令で政略結婚することが決まっている。「残り少ない自由時間を満喫すべきよ」憧れの街パリへと一人旅立つ彼女に、運命の出会いが待っていた。理想を絵に描いたようなその男性ルイは、世界有数の大富豪リシャール家の御曹司。ふとした偶然から出会い、恋に落ちる二人。しかしエミリーは婚約中の身であり、あきらめるほかなかった。ところが、旅から帰ったエミリーの前にルイが再び現れる。「君を忘れられない。恋の続きを始めよう」――強引な大富豪に翻弄される、華やかな恋!
「……えっ?」
既視感のあるあらすじ。どこかで読んだような……じゃなくて、これって……なんだか……
「私と、由比さんみたい?」
無意識に呟き、そのとたん鼓動が速くなるのが分かった。
いやでも、まさか、絶対にそんなはずがない。一瞬、ある考えが頭をよぎるが、全力で否定する。
私はエミリーじゃないし、このストーリーはフィクション。異国のロマンス作家が紡ぎだした、ドラマチックな物語である。
無関係、無関係。私という凡庸な人間には起こりえない、現実離れした、夢物語であり――
「でも、お父さんが言ってた……あれって、もしかして」
もしそうなら、奇跡だ。私の運命がまるごとひっくり返る。陰から陽へと、一人旅をきっかけに。憧れのパリで、ルイと出会ったエミリーと同じように?
今月発売の新刊をすべて手に取り、急いでレジへと進んだ。店員さんが天使に見えるのは気のせいだろうか。
「あるわけない、そんな、ロマンス小説みたいなこと。でも、でも……」
気が付けば、電車に揺られていた。どこをどう歩いて、ここまで来たのだろう。自分でも呆れるほど、浮足立っている。
父の満面の笑みが、窓の景色に重なった。
――よーく考えろ。彼とお前は、面識がある。
――旅行は楽しかったか?
書店の手提げ袋がクリスマスカラーであることに気付き、ますます心が弾むのを止められなかった。
先方の要望により、当日は二人きりで会うことになった。都心のラグジュアリーホテルでお見合いするというので、母が着物やら美容院の予約やら、あれこれ世話してくる。
まるで自分のことのように張りきる母と、満足そうに見守る父。このお見合い、断るという選択は許されないのだ。
無気力かつ、あきらめ顔の私に対して、姉だけが不機嫌だった。
それにしても……私は一体、どんな相手と結婚するのだろう。面識のある人と父は言うが、やはり思い当たらず。
見合いの準備をしながら、ふと考える。だけど、すぐにやめた。姉の推測どおり、父が喜ぶような相手なら、坂崎社長と同じタイプだ。
私の理想は、穏やかで優しくて、それでいて頼もしいヒーロー。
現実はロマンス小説のようにいかない。私はヒロインではなく、モブなのだから。
◇ ◇ ◇
お見合いを二日後に控えた、金曜日の午後。
ようやくすべての準備がととのい、時間ができたので、私は勤めていた会社に出向き、最後の挨拶をした。有給を消化して、それきりでも良かったのだが、お世話になった職場の皆に、お礼とお詫びがしたかったのだ。
彼らは、家庭の事情で突然辞めることになった私に、「元気でね」「寂しくなるね」と、声をかけてくれた。仕事以外の付き合いに消極的で、影の薄い存在だった私なのに――戸惑いながらも、素直にありがたいと思った。
こんな自分でも、仲間と認めてもらえたのかな。帰りに寄った駅ビルのカフェで、予想外の嬉しさと感傷に浸った。
「まだ三時か。もう少し街をぶらぶらして、買い物でもしようかな……あっ、そうだ!」
今日は、毎月購入しているロマンス小説の発売日だ。忙しさにかまけて、すっかり忘れていた。
「電子書籍でもいいけど……せっかくだから覗いていこう」
カフェを出て、ビル内の書店へと向かった。
「ああ、やっぱり本屋さんっていいなあ」
平台に並ぶロマンス小説を見て、久しぶりに気分が高揚した。しかも今月のラインナップには、好きな作家の新刊があった。
「一年ぶりの新作だよね。どんなストーリーだろう」
表紙イラストでは、ウエディングドレスを着たヒロインが、タキシードのヒーローに抱き上げられている。ヒーローは綺麗な顔立ちだが、逞しい体躯の美丈夫タイプだ。
「このヒーロー……少し、由比さんに似てる」
ドキドキしながら本を手に取り、裏表紙に記載されたあらすじを読んでみた。
【大富豪の強引な求婚~あらすじ】
エミリーは政治家の娘。一か月後に、父親の命令で政略結婚することが決まっている。「残り少ない自由時間を満喫すべきよ」憧れの街パリへと一人旅立つ彼女に、運命の出会いが待っていた。理想を絵に描いたようなその男性ルイは、世界有数の大富豪リシャール家の御曹司。ふとした偶然から出会い、恋に落ちる二人。しかしエミリーは婚約中の身であり、あきらめるほかなかった。ところが、旅から帰ったエミリーの前にルイが再び現れる。「君を忘れられない。恋の続きを始めよう」――強引な大富豪に翻弄される、華やかな恋!
「……えっ?」
既視感のあるあらすじ。どこかで読んだような……じゃなくて、これって……なんだか……
「私と、由比さんみたい?」
無意識に呟き、そのとたん鼓動が速くなるのが分かった。
いやでも、まさか、絶対にそんなはずがない。一瞬、ある考えが頭をよぎるが、全力で否定する。
私はエミリーじゃないし、このストーリーはフィクション。異国のロマンス作家が紡ぎだした、ドラマチックな物語である。
無関係、無関係。私という凡庸な人間には起こりえない、現実離れした、夢物語であり――
「でも、お父さんが言ってた……あれって、もしかして」
もしそうなら、奇跡だ。私の運命がまるごとひっくり返る。陰から陽へと、一人旅をきっかけに。憧れのパリで、ルイと出会ったエミリーと同じように?
今月発売の新刊をすべて手に取り、急いでレジへと進んだ。店員さんが天使に見えるのは気のせいだろうか。
「あるわけない、そんな、ロマンス小説みたいなこと。でも、でも……」
気が付けば、電車に揺られていた。どこをどう歩いて、ここまで来たのだろう。自分でも呆れるほど、浮足立っている。
父の満面の笑みが、窓の景色に重なった。
――よーく考えろ。彼とお前は、面識がある。
――旅行は楽しかったか?
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