一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
61 / 198
横浜デート

しおりを挟む
「照れなくてもいいのに。しょうがないなあ、奈々子は」
「てっ、照れてなんかいません」

 キッと睨むと、仕方ないという感じで身を引いた。そして、ふと真面目な顔になり、

「いちいち不安になるな。由比家なんて、君が思うほど大した一族じゃない。もとをたどれば信州の名主だが、直系のご先祖は土地も金も最低限しか与えられない末端の分家だった。財をなしたのはたまたまで、運が良かっただけなんだから」
「……たまたま?」
「時勢に恵まれてたってこと。つまり、成り上がり一族なわけ」

 由比さんは私の不安を見抜いていたようだ。だけどそれよりも、成り上がり一族というのは一体?
 首を傾げる私に、彼は微笑む。

「三保コンフォートの歴史は知ってる?」
「あ、はい。公式ホームページに年表が載っていたので」

 そこには、長野で旅館を営んでいた初代社長が、観光ブームを足がかりに事業を拡大させたと書いてあった。

 創業は昭和28年。当初は三保旅館という会社名だった。最初の旅館を三保湖みほこと呼ばれる湖のほとりに建てたため、社名となったそうだ。

「創業者は俺の曽祖父。しかし会社を興す元手を作ったのは、その一代前の由比一郎という人物だ。伝え聞く話では、進取の気性に富む、かなりエネルギッシュな野心家だったとか」
「由比一郎。年表には載っていなかったような……?」
「会社の歴史には関係ない人だからな。しかし実際、その人がいなければ三保コンフォートはなかった。彼が金を作ったからこそ、今の由比家があるんだ」

 なんだか、目がキラキラしてきた。
 熱い語り口といい、おそらく彼は、野心家だったというそのご先祖様をリスペクトしている。

「それでな、由比一郎がどうやって金を作ったかというと」
「は、はい」

 由比さんが生き生きと話し始めた。



 由比一郎は幼い頃より才気煥発。容姿も優れた立派な男子だった。しかも人一倍負けず嫌いで、野心家ときている。
 つまり、行動が尋常ではない。

 青年の頃。

 教養を付ければさらに良い跡取りになると期待した父親は、一郎を東京の学校に進学させた。本家に頼み込み、借金までして。
 その甲斐あって、一郎は優秀な成績で卒業するが……

「このまま家を継ぐのは嫌だ。俺は相場師になる!」

 彼は東京から戻らず、音信不通となった。
 長子の裏切りに父母は絶望したが、なんと3年後、一郎はとてつもない大金を得て故郷に戻ってきた。

『株なんて簡単、簡単。さほど難しくなかったぜ!』

 確かに当時の日本は、日露戦争後の好景気に沸いていた。とはいえ、世間知らずの若造が短期間で財をなすなど並大抵ではない。
 よほど無茶したのではと父母は察し、息子の無鉄砲ぶりに呆れたという。


「しかしそのおかげで、由比家は本家を凌ぐほどの資産家となり、曽祖父が会社を興す下地を作ることができたわけさ」
「すごい人だったのですね」

 というか、そのご先祖様はなんだか、この人に似ている気がする。
 容姿の優れた、才気煥発な青年。
 自分がやりたいように行動し、周りを振り回すところなんて、特に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ
恋愛
 高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。 久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。  私、今日も明日も、あさっても、  きっとお仕事がんばります~っ。

期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。 *** 「吉田さん、独り言うるさい」 「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」 「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」 「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」 「……」 「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」 *** ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。 関連作品(主役) 『神崎くんは残念なイケメン』(香子) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト) *前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

処理中です...