一億円の花嫁

藤谷 郁

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横浜デート

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「うーん、どこも混んでるな」

 近くのカフェは人が多く、落ち着かない雰囲気だった。

「あの、もう少し遠くに行きましょうか。観光しながら歩いてもいいですし」
「いや、待て待て。そうだ、この辺りなら……」


 由比さんが案内してくれたカフェは、オフィスを中心とする複合ビルの高層階にあった。
 港を一望できるロケーションの良さに私は驚き、

「素敵なお店ですね!」

 思わず声を上げた。
 静かな空間に大きく響いてしまい、パッと口を覆う。

「す、すみません。つい……」
「ははっ、大丈夫だよ。気に入ってくれて良かったぜ」


 窓際に置かれたアーチ型のソファに、並んで座った。隣の席と離れているせいか、他の客を意識せず、ゆったりくつろげる。
 港の景色を独り占めするような、贅沢な気持ちになった。

「俺はいつものブレンド。奈々子はなんにする?」
「あ、えっと、ホットカフェラテをお願いします」
「じゃあそれで。外は寒かったからな、熱々で頼むよ」
「かしこまりました、由比様」

 オーダーを取りに来た店員とは顔見知りのようで、親しげな雰囲気だ。常連なのかもしれない。


 飲み物がすぐに運ばれてきて、私たちはしばし無言で温かな一杯を味わう。コーヒーの香りとミルクの甘みが、心を落ち着けてくれた。

「美味しいです、とても」
「だろ? オリジナルブレンドも美味くて、お気に入りなんだ」
「そうなんですね。よく来られるのですか?」

 由比さんはカップから目を上げ、私の問いにうなずく。

「下に横浜支社のオフィスがあるから、たびたび利用してる。それに、このフロアは内部の客専用だから空いてるだろ? あと、ビルのオーナーが会長……親父の友達でさ、息子の俺もここのカフェとかジムを、顔パスで利用させてもらってるんだ」
「えっ、顔パス……」

 さらりと言われて、少し戸惑う。
 このビルは確か、国内トップクラスのデベロッパーがオーナーのはず。オープン当時、テレビで大々的に紹介されていたので、よく覚えている。
 その一族と父親が「友達」だなんて、やはり由比家の人々は住む世界が違うのだ。

(私、そんなすごい家族の一員として、暮らしていけるのかしら。やっぱり、かなり不安……)

「奈々子は素直だなあ。感情が全部顔に出てるぞ」
「えっ!?」

 由比さんが楽しげな様子で、体を近づけてきた。

「本当に可愛い。可愛くて可愛くて、可愛いしかない!」
「あ、あの、ちょっと……近すぎ……」
「平気平気。誰にも見られないって」
「そ、そういう問題ではなく……!」

 まごつく私を見て、ますます目尻を垂らす。まったく、この人は。
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