一億円の花嫁

横浜デート

４

「由比一郎が勝ったのは運が良かっただけで、時期がずれてたらそれこそ、家が途絶えた可能性もある。だから、そんな大そうな家柄じゃないんだ」
「はあ、でも……」
「創業者の曽祖父じいさんにしたって、高度経済成長とか観光ブームとか、時勢に助けられた成り上がりさ。俺の家族は皆それを自覚してるし、偉そうにするやつなんていないよ」

　でも、会社を興して、それをグローバル企業に発展させたのだから、やっぱりすごい一族だと思う。

　例えば、もし私の父に聞かせたら、由比一郎の話と併せて由比家の成功に感嘆するだろう。商売の難しさを知っている人なら誰だって。

「分かってくれたか」
「はい……」

　一応、素直にうなずいておく。
　なんとなく、そうしなければいけない気がした。分かってほしいと、真剣な眼差しが私に求めている。

「家柄だの身分だの、気にする必要はまったくない。奈々子は俺の花嫁であり、俺の大切な妻になるんだからな。もしくだらん理由で君を傷つけるやつがいたら、誰であろうと俺は絶対に許さないし、完膚なきまでにボコボコにしてやる！」
「はい……えっ？」

　ボコボコ？
　聞き間違いかと思ったが、由比さんは本気の様子。
　怖いくらいに真剣である。

「だから安心しろ！」
「は、はあ……」

　気持ちはありがたいけれど、荒っぽいやり方はやめてほしいし、かえって不安になる。
　袖をまくって力こぶを見せつけてくる由比さんから、そっと目を逸らした。
　この複雑な心境を伝えたいが、たぶん……無理だろう。

「おいおい、ほんとに分かってるのか？」
「ええ、まあ」
「気のない返事だなあ」
「わ、わかってますから……ちょ、近いですって！」

　顔を覗き込まれてギョッとする。でも、彼のあまりにも必死な様子に、なんだか可笑しくなる。
　ある意味純粋と言うか、まっすぐすぎて。

「なんで笑うんだ？」
「ご、ごめんなさい……ふふっ」

　由比一郎という強烈な息子に、彼の両親は困惑しただろう。

　もしかしたら、この人の家族も同じかもしれない。破天荒な言動に驚いたり、呆れたり……

（私みたいに、振り回されてたりして）

　そんな風に考えると、由比家に対する畏れが薄れ、親しみさえ湧くのだった。