一億円の花嫁

藤谷 郁

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14歳の頃

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 二学年に進級して一週間が過ぎた。
 昼休みのランチルームで、私たちは食後のお喋りを楽しんでいる。

「ねえ、今度の日曜日にみんなで出かけない?」

 綾華の提案に、他の3人は目を輝かせた。もちろん私も含めて。

「賛成! 行く行く」

 莉央が元気よく答える。

「ラッキー、その日は塾が休みなんだ。どこに行く?」

 夏樹なつきがスケジュールを確認しながら、綾華に訊いた。

「それなんだけど……あ、奈々子も行けるよね?」
「うん、もちろん!」
「良かったあ。奈々子の家って厳しそうだから、誘ってもいいのか迷ってたのよ」

 綾華が腕を絡め、くっついてきた。ふわりと良い香りがして、私はなぜかドキドキする。

「ずいぶん仲良しじゃん。綾華がベタベタするなんて珍しい」
「からかわないでよ、夏樹。莉央も、ヤキモチ妬いちゃダメよ?」
「や、妬かないよお!」

 と言いつつ過剰反応する莉央が可笑しくて、みんな笑った。

 同じクラスで席が近い私たち4人は、始業式の日に『友達』になった。
 オリエンテーションが終わって帰ろうとした時、前の席の綾華が振り向き、話しかけてきたのだ。
 どこの校区? 電車で通ってるの? 担任ヤバいよね。などなど……

 綾華は一見お嬢様だが、とても気さくな性格で、私も莉央も驚いてしまった。
 夏樹は私たちの様子を見て、面白そうに笑っていた。

 車田くるまだ夏樹は綾華と小学校からの友達で、親ぐるみで仲が良いとのこと。彼女も有名企業の社長令嬢だが、ボーイッシュなタイプだ。付属高校の特進クラスに入るため、有名な進学塾に通っていると言う。
 
 莉央は私と同じく、父親が中小企業の社長で、母親は専業主婦。それだけでもあい通ずるものがあり、なんだか安心した。
 ただ彼女のほうがずっと明るくて、フレンドリーな性格だと思う。

 だからたぶん、綾華の言動にドギマギしたり、緊張するのは私だけだろう。
 知り合ったばかりだし、それに、綾華は自分にとって眩しすぎる存在で、この状況が奇跡みたいだから。



 綾華は横浜港に行こうと提案した。

「日帰りで行けるし、遊ぶところもいっぱいあるし、いいと思わない? あっ、それと、パパが進級のお祝いにってお小遣いをくれたの。だから、電車賃とかご飯のお金とか、みんなのぶんも私が出してあげる」
「ええっ!?」

 私と莉央はびっくりして、顔を見合わせた。
 夏樹は平然としている。

「さすが綾華、太っ腹だねー。ていうか、一体どんだけもらったのさ」
「入学祝に比べたらちょっぴりだよ」

 綾華とは家族ぐるみの付き合いだという夏樹は、「相変わらず甘やかされてんなー」と、けらけら笑った。

「で、でも、悪いよそんな。綾華に全部出してもらうなんて。ねえ、奈々子」
「うん」

 私たちが遠慮すると、綾華がむくれた。頬をふくらませた顔すら、天使のように可愛くて、美しい。

「なによ、二人とも。私の親切が迷惑だって言うの?」
「とんでもない! もちろん気持ちは嬉しいけど……」

 私が言いかけるのを、夏樹が遮った。

「いいんだって、おとなしく従っとけば。綾華はお嬢様っつーより、女王様なんだから。逆らうと痛い目に合わされるよー」
「い、痛い目?」

 不穏当な発言に、ぎょっとする。
 莉緒と私がおどおどすると、綾華がますますむくれる。

「冗談に決まってるでしょ! 夏樹も、いいかげんにしてよね」
「ハイハイ」

 結局、交通費と食事代は綾華が負担することになった。「絶対に私が出すの!」と綾華が引かないため、とりあえず受け入れたのだ。
 私には驚くような行為も、彼女にとっては普通のことらしい。本物のお嬢様とはこういうものなのね……と、莉央と頷き合った。

 それにしても、夏樹は冗談がきつい。幼なじみとはいえ、周りに誤解を与えるような発言はどうかと思う。
 確かに綾華は強引だけど、女王様なんかじゃない。明るくて、くったくがなくて、感情豊かなだけなのだ。
 強引な言動はリーダーシップの表れであり、それは、わがままとは違う。

 その頃の私は、本当にそう感じていた。
 無邪気に腕にからみついてくる彼女は、新しい環境が苦手な私にとって、まさに天使のような存在だったのだ。
 



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