一億円の花嫁

藤谷 郁

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14歳の頃

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 友達と遠くに出かけるなんて、それまで経験のないことだった。
 私の父が『子どもが散財して遊びまわるなどだ』と、無駄遣いを許さなかったから。

 旅行はもちろん、映画やイベントなど、友達と行きたいと言うと必ず反対された。ただし、花ちゃんだけは例外として認められている。彼女はご近所の幼なじみで、父にとっては娘と同じような扱いらしい。なにより由緒ある岡崎家を信用しているのだ。

 そんなわけで、今回も渋い顔をされたが、綾華のことを話すと、とたんに態度が変わった。彼女が交通費など負担するという話も父をご機嫌にさせた。

『ニシノ製薬のお嬢さんだって? お前にしては上等な友達じゃないか』

 腹の立つ言い方だが、遠出を許可されてほっとした。綾華たちと約束したあとだから、反対されたら困る。
 いや、反対されても行くつもりだった。
 2、3年生はクラス替えが無く同じ顔ぶれなので、友達関係は重要である。場違いな環境に一人放り込まれた私にとって、信じられないくらいの好スタートなのだ。
 いきなり約束を破って、気まずくなりたくない。こんな私に声をかけてくれた綾華たちとの付き合いは、特に大切だった。

 そして、約束の日曜日。私たちは横浜港へと出かけた。

 学校以外の場所で友達と過ごす時間は、とても楽しかった。
 どうしてこんなにワクワクするのか不思議なほど、何を見ても、どこに行っても笑顔でいられる。
 それはたぶん、この4人だから。
 可愛くて活発で、無邪気な綾華。クールだけれどユーモアがあって、しっかり者の夏樹。二人とも好ましいが、特に莉央とは価値観が近いためか、目を合わせるだけで気持ちが通じた。

 ヒエラルキーなど関係なく付き合う私たちを、クラスメイトが不思議そうに眺めるのが分かった。
 私自身が不思議だけれど、縁さえあれば、こんなこともあり得るのだ。素直にそう思えたし、嬉しかった。
 素敵なめぐりあわせを、神様に感謝したいほどに。



 本当に本当に、素晴らしい一日を過ごした。
 ただ、日が暮れる前に帰るよう父に言われたので、私だけ早く抜けなければならず、それだけが残念だった。

「それじゃあ、私はここで」

 大さん橋の上で、私は皆に帰宅の挨拶をした。夜景に付き合えないお詫びを添えて。
 
「奈々子のお父さんって、やっぱり厳しいんだ」

 一緒に夜景を観たかったなあと残念がる綾華を、夏樹と莉央がなだめる。また今度来ればいいよと。

「そっか。私たち、これからもずうっと仲良くなれそうだし、また今度があるわよね。なんなら私がお父さんを説得してもいいわ」

 綾華が私の腕に絡みつき、体をもたれさせてくる。

「あ、綾華の説得ならOKかもしれない」

 なにしろ彼女は大手企業の娘である。父の許しを得られるだろう。

「よーし! 今度横浜に来るときは、奈々子も絶対、夜景を見ること。約束ね」
「うん、分かった」

 
 その日を境に、私と彼女たちとの『グループ付き合い』が本格的に始まった。学校でも、学校の外でも、いつも一緒。
 みんなが大好きで、大好きだと言ってもらえて、嬉しくて……

 だけど、長くは続かなかった。
 今思えば、大さん橋での別れが、行く末を暗示していたように思える。

 きっかけは、小さなこと。
 秋の初めだった。

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