一億円の花嫁

藤谷 郁

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14歳の頃

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 冬休みに入るとホッとした。
 ひとりぼっちの私にとって、学校という集団生活は苦痛の連続であり、自覚するよりずっと参っていたらしい。
 
「ニシノ製薬のお嬢さんと旅行するんじゃなかったのか」
 どこにも出かけない私に、父が不思議そうに訊いてきた。
「か、彼女の都合で中止になったの」
「ふーん。リーダーの都合じゃ仕方ないな」
 とっさについた嘘だが、父は納得した。父から見ても、綾華はグループの絶対的な存在なのだ。

 誰も逆らえない、女王様。
 そんな彼女に仲間はずれにされたなんて、父はもちろん、誰にも言えずにいた。
 その頃はまだ普通に通学していたし、なんとか耐えていたから。
 勉強どころではなかったが、必死に集中して成績を保った。順位が下がれば父に追及され、今の状態がバレてしまう。
 そんなわけにいかない。大月家の子供が落ちこぼれてはいけないのだ。

 だけど……それからも状況は改善しなかった。

 春になり3年に進級しても、一階から二階へ教室が移動しただけで、クラス分けどころか席順すら全く変わらず、地獄が続いた。
 環境の変化は勉学の妨げになるから、という教育方針ゆえである。こんな学校、他にあるだろうか。
 
 そして春が過ぎ、初夏が訪れる頃。
 相変わらずのキツイ環境に、私はとうとう耐えられなくなる。



 5月の連休明け。
 朝、私は家を出ることができなかった。
 ドアを開けようとしたとたん体が震えて、お腹が痛くなり、玄関にへたりこむ。
 驚いた母が学校を休ませ、病院に連れていった。
 腹部レントゲンなど検査をしたが、特に異常は見つからず、医師は軽めの急性胃炎と診断する。とりあえずカルテに記入するために付けた病名だった。


「大したことなくて良かったわ。学校を休むまでもなかったわね」

 母から報告を受けた父は、

「受験がないからといって、勉強をサボるなよ」
「私は無遅刻無欠席だったのに、根性がないわね」

 姉と一緒になって、私を怠け者扱いした。

 彼らに「いじめ」という発想はない。私が隠していたせいもあるが、父と姉は強者だから、仲間はずれにされたり、誰かに「負ける」などありえないのだ。
 母はおっとりしているが、内面は見栄っ張りで負けず嫌い。かつ教育方針が父と同じなので、相談できない。

 バレないようにしなければ。
 せめて今の成績を保ち、高校を卒業するまで頑張らなくては。
 だけど、それまでの道のりを思うと、気が遠くなりそうだった。
 学校は中高一貫である。
 高校生になっても、綾華たちとずっと同じ環境で過ごすのだ。下手すると、また同じクラスかもしれない。
 

 それから私は、たびたび学校を休んだ。
 朝になるとお腹が痛くなり、原因不明の熱が出たりする。しかし、母に欠席の連絡をしてもらうと、嘘みたいに治ってしまう。
 さすがにおかしいと感じたのか、父の命令で、私は家族会議にかけられた。
 なぜ学校をサボるのかと。

「べ……勉強についていけないから」

 苦し紛れの答えである。
 仲間はずれが原因とは、どうしても言えなかった。
 実際、成績が下がり始めていたし、家族を納得させるにはちょうどいい理由だ。
 落ちこぼれには違いないので、もちろん怒られたけど、本当のことを言うよりマシである。

 しかし、そんなごまかしも長くは続かない。

 間もなく私は、頻繁に保健室に通うようになった。
 1、2時間目から体調が悪くなり、まともに授業を受けられないのだ。しかし保健室で休むと熱が下がり、腹痛も消える。

 教室に原因があるのは明らかだった。

 そんな私を、綾華が面白そうに見てくるのが分かった。
 夏樹と莉央は知らん顔。他のクラスメイトもまったくの無関心で、誰一人として声をかけてこず、私の孤独はいよいよ深まっていた。


 後日、校長と担任、両親が話し合い、私は保健室通学すると決められた。
 朝、保健室に登校し、受けられる授業はなるべく受けるという形である。

「教室に居づらくなったのは、ニシノ製薬のお嬢さんを怒らせたのが原因らしいな。あんなによくしてくれた友達に、お前は一体、どんな無礼を働いたんだ」

 友達との行き違いがもとで、私がクラスで孤立したと担任が説明した。本当の原因がどちらにあるのか、薄々気づいているだろうに、担任は、綾華の父親に忖度したのだと思う。
 だが、私はもう詳細を語る気力がなかった。綾華という絶対的な存在に対し、無力感に支配されていた。
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