78 / 198
殺っちまおうぜ、今すぐ
1
しおりを挟む
由比さんが私を見つめる。
とてつもなく優しい眼差しだった。
同情とは違う、心からの思いやりが伝わるような、熱のこもる瞳で。
「それで奈々子は、パニックになったんだな。ついさっき、西野綾華という女と遭遇したから」
「はい……」
上ずった声で返事する。
「そんな事情があったとは……」
14歳だった私に起きたこと。そして、どんな風に生きてきたのかも、由比さんに話した。過去について、これほど詳細に誰かに語ったのは初めてだった。
あらゆる感情が去来し、気持ちが高ぶっている。だけど、不思議とスッキリした気分でもあった。
「かわいそうに……本当に、なんてこった」
「……!?」
思いきり抱きしめられた。勢いが凄すぎて、ソファに倒れそうになる。
それに、ものすごく身体が熱い。
「ゆ、ゆいさん……!? あの、ちょっと、く、くるし……」
腕の中でもがくと、彼が慌てて解放した。だが今度は肩を抱き寄せ、私を胸にもたれさせた。
「すまない、つい……大丈夫か」
「え、ええ。少し、びっくりしただけです」
由比さんがほっと息をつく。
そして、しばらくそのままの姿勢でいた。逞しい身体から、やはり熱が伝わってくる。この人も感情を高ぶらせているのだ。
「そんなつらいことがあったなんて、知らなかった。特務室のリサーチ担当も、そこまで精査できなかったんだな……だが」
由比さんはそっと身体を離し、見上げる私を覗き込んだ。
「なんとなく、感じてはいたんだ。こんなに可愛いのに、なぜか奈々子は自信を持てず、いつもどこか怯えている。だけど、もしも傷ついているのなら、それを抉るような真似はしたくない。俺はちょっと無神経なところがあるが、惚れた女を守ってやりたいし、大事にしたいからな」
「由比さん……」
「もっと自信を持て。奈々子はよく頑張った。バケモンにいたぶられても、活路を見出し、前進したじゃないか」
「……」
「大したもんだ。この俺が褒めてやる!」
不思議だった。
今の言葉で、14歳の自分が報われた気がする。
みじめな過去を、由比さんには知られたくなかった。きっと、軽蔑されるから。
そんな風に考えていた私は、この人をまったく理解していなかったのだ。
「奈々子」
「由比さん……」
もう大丈夫。
綾華に遭遇し、あれほど乱れた感情がすっかり落ち着いている。
過去なんてもう忘れよう。忘れられると思った。由比さんと一緒なら。
「殺っちまおうぜ、今すぐ」
「…………はい?」
やっちまおうぜ、とは?
意味がわからず、ぼんやりと見つめ返す私に、由比さんが微笑みかける。
とてつもなく美しく、残酷な表情だった。
「ゆ、由比さん?」
「愛する奈々子をいたぶった女……俺は絶対に許さねえぞ」
彼は立ち上がり、拳を握りしめた。
「探してくる。まだその辺にいるかもしれない」
「ええっ!?」
私はようやく、言葉の意味を理解した。
やっちまおうの「や」の字は、「殺」。彼の逞しい体躯が、怒りのオーラと殺気に包まれている。
「ま、待ってください」
「止めるな、奈々子。過去の悪業を詫びるどころか、クソ図々しく絡んでくるようなクソ女の腐った性根を、俺がこの手で叩き直してくれる!!」
この人は本気だ。
私は瞬間、由比さんの正体がキングであることを思い出す。
そして、彼の宣言も。
ーーもしくだらん理由で君を傷つけるやつがいたら、誰であろうと俺は絶対に許さないし、完膚なきまでにボコボコにしてやる!
「やめてください!!」
「なんでだよ。ここで会ったが百年目、今すぐ殺っちまうべきだろう」
「ぼ、暴力はダメです。私はそんなこと望んでいませんっ」
「俺が殺っちまいたいんだ。奈々子はここで待ってろ!」
「あっ」
必死で止める私を振り切り、彼は店を飛び出した。あまりにも凄い勢いなので、店員も他の客も驚いている。
「どうしよう……そんな、私のために仕返しなんて」
あの剣幕では、本当に殺しかねない。過去について打ち明けたのは迂闊だった。私は、なんてことをしてしまったのか。
綾華に対するトラウマとか、辛さとか、そんなものどうでもいいくらいの恐怖に襲われる。
もし由比さんが綾華をボコボコにしたら、本当にやってしまったら……
間違いなく彼の人生が終わる。
私なんかのために、一生が台無しになってしまう。
「由比さん!」
よろけながら、彼を追いかけようとした。絶対に止めなければ。
「えっ?」
店のドアが開き、由比さんが現れた。スタスタと歩いてきて、私の前に立つ。
「ゆ、由比さん……?」
殺気が消えている。
冷静になってくれたのだろうか。
「ああ……良かった。戻ってきてくれたんですね」
思い直してくれたのだ。
由比さんが人殺しにならなくて、本当に良かった。心から安堵し、体から力が抜ける。
へたり込みそうな私を、彼の頼もしい胸がしっかりと受け止める。
「怖かったです。私、どうしようかと……」
「すまない、奈々子。俺としたことが、とんだマヌケだぜ」
「……?」
顔を上げると、気まずそうに彼が言った。
「よく考えたら、クソ女がどんな面なのか知らねーわ」
とてつもなく優しい眼差しだった。
同情とは違う、心からの思いやりが伝わるような、熱のこもる瞳で。
「それで奈々子は、パニックになったんだな。ついさっき、西野綾華という女と遭遇したから」
「はい……」
上ずった声で返事する。
「そんな事情があったとは……」
14歳だった私に起きたこと。そして、どんな風に生きてきたのかも、由比さんに話した。過去について、これほど詳細に誰かに語ったのは初めてだった。
あらゆる感情が去来し、気持ちが高ぶっている。だけど、不思議とスッキリした気分でもあった。
「かわいそうに……本当に、なんてこった」
「……!?」
思いきり抱きしめられた。勢いが凄すぎて、ソファに倒れそうになる。
それに、ものすごく身体が熱い。
「ゆ、ゆいさん……!? あの、ちょっと、く、くるし……」
腕の中でもがくと、彼が慌てて解放した。だが今度は肩を抱き寄せ、私を胸にもたれさせた。
「すまない、つい……大丈夫か」
「え、ええ。少し、びっくりしただけです」
由比さんがほっと息をつく。
そして、しばらくそのままの姿勢でいた。逞しい身体から、やはり熱が伝わってくる。この人も感情を高ぶらせているのだ。
「そんなつらいことがあったなんて、知らなかった。特務室のリサーチ担当も、そこまで精査できなかったんだな……だが」
由比さんはそっと身体を離し、見上げる私を覗き込んだ。
「なんとなく、感じてはいたんだ。こんなに可愛いのに、なぜか奈々子は自信を持てず、いつもどこか怯えている。だけど、もしも傷ついているのなら、それを抉るような真似はしたくない。俺はちょっと無神経なところがあるが、惚れた女を守ってやりたいし、大事にしたいからな」
「由比さん……」
「もっと自信を持て。奈々子はよく頑張った。バケモンにいたぶられても、活路を見出し、前進したじゃないか」
「……」
「大したもんだ。この俺が褒めてやる!」
不思議だった。
今の言葉で、14歳の自分が報われた気がする。
みじめな過去を、由比さんには知られたくなかった。きっと、軽蔑されるから。
そんな風に考えていた私は、この人をまったく理解していなかったのだ。
「奈々子」
「由比さん……」
もう大丈夫。
綾華に遭遇し、あれほど乱れた感情がすっかり落ち着いている。
過去なんてもう忘れよう。忘れられると思った。由比さんと一緒なら。
「殺っちまおうぜ、今すぐ」
「…………はい?」
やっちまおうぜ、とは?
意味がわからず、ぼんやりと見つめ返す私に、由比さんが微笑みかける。
とてつもなく美しく、残酷な表情だった。
「ゆ、由比さん?」
「愛する奈々子をいたぶった女……俺は絶対に許さねえぞ」
彼は立ち上がり、拳を握りしめた。
「探してくる。まだその辺にいるかもしれない」
「ええっ!?」
私はようやく、言葉の意味を理解した。
やっちまおうの「や」の字は、「殺」。彼の逞しい体躯が、怒りのオーラと殺気に包まれている。
「ま、待ってください」
「止めるな、奈々子。過去の悪業を詫びるどころか、クソ図々しく絡んでくるようなクソ女の腐った性根を、俺がこの手で叩き直してくれる!!」
この人は本気だ。
私は瞬間、由比さんの正体がキングであることを思い出す。
そして、彼の宣言も。
ーーもしくだらん理由で君を傷つけるやつがいたら、誰であろうと俺は絶対に許さないし、完膚なきまでにボコボコにしてやる!
「やめてください!!」
「なんでだよ。ここで会ったが百年目、今すぐ殺っちまうべきだろう」
「ぼ、暴力はダメです。私はそんなこと望んでいませんっ」
「俺が殺っちまいたいんだ。奈々子はここで待ってろ!」
「あっ」
必死で止める私を振り切り、彼は店を飛び出した。あまりにも凄い勢いなので、店員も他の客も驚いている。
「どうしよう……そんな、私のために仕返しなんて」
あの剣幕では、本当に殺しかねない。過去について打ち明けたのは迂闊だった。私は、なんてことをしてしまったのか。
綾華に対するトラウマとか、辛さとか、そんなものどうでもいいくらいの恐怖に襲われる。
もし由比さんが綾華をボコボコにしたら、本当にやってしまったら……
間違いなく彼の人生が終わる。
私なんかのために、一生が台無しになってしまう。
「由比さん!」
よろけながら、彼を追いかけようとした。絶対に止めなければ。
「えっ?」
店のドアが開き、由比さんが現れた。スタスタと歩いてきて、私の前に立つ。
「ゆ、由比さん……?」
殺気が消えている。
冷静になってくれたのだろうか。
「ああ……良かった。戻ってきてくれたんですね」
思い直してくれたのだ。
由比さんが人殺しにならなくて、本当に良かった。心から安堵し、体から力が抜ける。
へたり込みそうな私を、彼の頼もしい胸がしっかりと受け止める。
「怖かったです。私、どうしようかと……」
「すまない、奈々子。俺としたことが、とんだマヌケだぜ」
「……?」
顔を上げると、気まずそうに彼が言った。
「よく考えたら、クソ女がどんな面なのか知らねーわ」
9
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。
ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。
しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、
「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」
と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。
大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!
※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)
※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。
You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編11が完結しました!(2025.6.20)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる