一億円の花嫁

藤谷 郁

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スイートホーム

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「なんなんですか、もう」

 私は気を取り直してキッチンに立ち、エプロンの紐をギュッとしめる。
 情けないほど驚いてしまった。
 でも、こんな朝っぱらからいったい、どこに?
 おそらく、私には興味の持てない用事だろう。あえて深く考えず、サンドイッチの仕上げに取りかかった。


「待たせたな。さあ、食べようか」

 織人さんはあっという間に戻ってきた。きれいに髪を整え、ワイシャツとスラックスに着替えている。

「は、はい。コーヒーを淹れますね」

 きちんとした格好の彼は、やはり素敵だ。スタイリッシュな姿は、さっきの汗だくマッチョと同一人物とは思えない。

「いいなあ、新妻に朝飯を作ってもらうってのは。今日も奈々子は可愛いし、エプロンも似合ってるよ」
「どうも……」

 ストレートな言葉に戸惑ってしまう。
 織人さんはお世辞を並べるタイプではないが、どう考えても大げさな評価である。
 素直に喜べたら良いのだけれど。
 居心地の悪さを感じるのは、褒められた経験が少ないせいだろうか。

「えっと、冷蔵庫の食材を適当に使いました。野菜たっぷりのサンドイッチと、あとはフルーツとか……洋食にしましたが、こんな感じで良かったですか?」
「全然いいよ! 量も足りてるし、運動後の俺には最高のメニューだ」
「運動……もしかして、ランニングとかしてきたのですか?」
「ああ、そんなところ」

 だからあんなに汗びっしょりだったのかと納得する。
 それにしてもこんな朝早くから。しかも今日みたいな雪の積もる寒い中を?
 やはり、この人の体力は尋常ではない。

 そういえば、初めて会った日も雪の中で動画撮影してたんだっけ。ほとんど裸で、雪中鍛錬とかなんとか……織人さんにはこのていどの寒さなんて、なんてことないのだ。

「美味い! 奈々子の手料理サイコー!!」
「あ、ありがとうございます」

 織人さんはニコニコしながら、多めに作っておいたサンドイッチをぺろりと平らげた。
 フルーツも美味しそうに頬張っている。

「良かったら、もっと作りましょうか? 材料はまだあるので」

 野菜ばかりで物足りないかと心配になったが、織人さんは首を横に振る。

「大丈夫。さっきプロテインを飲んだし、栄養もカロリーも、これくらいがちょうどいい」

 プロテインというのは確か、アスリートなどが摂取する栄養補助食品だ。筋肉に必要なタンパク質を効率的に摂ることが出来るとか、聞いたことがある。

「織人さん。もしかしてランニングだけでなく、ジムに行ったのでは?」

 このマンションには共用設備が多数用意されていて、ジムもその一つ。24時間、住民なら誰でも利用できるという。

「いや、ジムじゃない。実はスタジオに行って動画を撮ってきたんだ」
「えっ」

 動画というのはもちろん、ウーチューブのあれである。
 私はハッとした。
 そういえば、外から帰ってきた織人さんは上半身裸だった。獰猛な身体に湯気を立てて。

「スタジオって、動画を撮影するための場所ですよね。マンションの近くなんですか?」
「うん。車で行くより走ったほうが早いから、ついでにランニングしてきた」

 ランニングはついでだったのだ。信じられない体力。

「本社からも近くて、便利だからずっと使ってるんだよ。というか、中古のビルを買い取って、撮影用にリノベしたんだけど」
「動画撮影用に、ビルを……?」

 意味が分からなかった。
 いくら中古でも、ここは都心の一等地であり、土地の価格だけでも桁が違う。


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