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招かれざる客
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「すべて自分が悪いことにして、それで丸くおさまると思って、最初からあきらめてた。家族を頼ることなく」
責めるでも怒るでもない。姉のつらそうな顔を見て、私は声を呑む。
「だけど、問題があったのは私も同じ」
「……」
何も言えない私に、姉は続けた。
「あの頃、奈々子が情けなかったわ。友達関係を失敗した挙句、勉強も落ちこぼれるなんて、そんなやつが妹だなんて……ってね、つまり私はプライドと自意識の塊で、何も見えてなかったのよ。姉として、どうすれば良いのかも気づかなかった。大人になるにつれ、それが分かってきても、相変わらずグズグズしてるあんたを見るとつい、キツく当たってしまって…… だけどいいかげん、成長しなくちゃダメ。私もあんたも、大人なんだから」
初めて聞く言葉だった。
私は驚きながら、気まずそうに告白した姉を見返す。
「奈々子。もう一人で抱え込まないで。これからは私がきちんと話を聞いて、相談に乗るから」
「お姉ちゃん」
「ふふっ……考えてみれば、子どもの頃はそれがフツーだったのよね。あんたってば気が弱いくせに、けっこう頑固でさ。いじめっ子から守るのに忙しかったなあ」
初めて聞く言葉たち。初めて見る優しい顔。
いや、違う。
見えてなかっただけなのだ。
姉は人一倍正義感が強い。誰より知っていたのに、私は勝手に萎縮して、頼ろうとしなかった。
「あんたのために何もできなかった私に、罪滅ぼしをさせてよ」
「そんな、罪滅ぼしだなんて……」
姉が悪いのではない。
だけど私は素直に受け止め、握りしめていたメモを開いた。
夏樹の電話番号。これは、綾華に通じる連絡先でもある。
「お姉ちゃん。私はもう、あの子たちと一生関わらないつもりだし、今回も無視する。でも、話を聞いてくれる?」
「ええ、もちろん」
こんな日が来るなんて……
私は今、姉との冷たい関係が、完全に氷解するのを感じた。
横浜で綾華と遭遇したことを姉に話した。中学時代に起きた出来事も、初めて具体的に打ち明ける。
姉は途中から目を閉じ、唇を噛んでいた。懸命に怒りを抑えているのだと、分かった。
「想像以上に酷い。とんでもないクソ女じゃないの、西野綾華ってやつは。あんたよく我慢してたわね。私だったらボコボコにぶん殴って、退学してたわ!」
姉は鼻息荒く、拳をパチンと鳴らした。
「ああ、イライラする。今すぐそいつに会いに行って、仕返ししてやりたい!」
「……ボコボコ?」
あまりの興奮ぶりに私は戸惑いながら、思わず噴き出す。姉の反応は、織人さんそっくりだった。
「何よ。人が真面目に怒ってんのに」
「ご、ごめん。だって、織人さんと同じこと言ってるから」
綾華に対して織人さんがものすごく怒り、それから、パニックになった私を宥めてくれたと姉に教えた。
「へえ、マジで?」
姉は表情を明るくして、楽しそうに笑った。
「やっぱりあの人って、そんなタイプなんだ。最高じゃん」
家族の前で、織人さんは上品な御曹司モードだったが、姉は見抜いていたようだ。
しかも、かなり好意的である。
「まあ、ウーチューブの『キング』が本体だろうって想像はしてたけどね。お父さんたちも大体察してるわよ」
「そうなの?」
まさかと思うが、姉は真面目である。
「ちょっと風変わりでも彼はホンモノのお金持ち。何より、奈々子を大好きなのがビシビシ伝わってきたから電撃婚を許したんだって。坂崎社長の時とは比べものにならないくらい乗り気だったでしょ? それに、動画の内容はともかく、あんたと結婚するためにトップシークレットを晒すなんてすごい度胸だって、お父さんが褒めてたわよ」
父は、織人さんとの縁談をビジネスの条件だけで承知したのではなかった。
彼自身を気に入ったのだ。
姉の話を聞き、あらためて不思議な気持ちになる。
責めるでも怒るでもない。姉のつらそうな顔を見て、私は声を呑む。
「だけど、問題があったのは私も同じ」
「……」
何も言えない私に、姉は続けた。
「あの頃、奈々子が情けなかったわ。友達関係を失敗した挙句、勉強も落ちこぼれるなんて、そんなやつが妹だなんて……ってね、つまり私はプライドと自意識の塊で、何も見えてなかったのよ。姉として、どうすれば良いのかも気づかなかった。大人になるにつれ、それが分かってきても、相変わらずグズグズしてるあんたを見るとつい、キツく当たってしまって…… だけどいいかげん、成長しなくちゃダメ。私もあんたも、大人なんだから」
初めて聞く言葉だった。
私は驚きながら、気まずそうに告白した姉を見返す。
「奈々子。もう一人で抱え込まないで。これからは私がきちんと話を聞いて、相談に乗るから」
「お姉ちゃん」
「ふふっ……考えてみれば、子どもの頃はそれがフツーだったのよね。あんたってば気が弱いくせに、けっこう頑固でさ。いじめっ子から守るのに忙しかったなあ」
初めて聞く言葉たち。初めて見る優しい顔。
いや、違う。
見えてなかっただけなのだ。
姉は人一倍正義感が強い。誰より知っていたのに、私は勝手に萎縮して、頼ろうとしなかった。
「あんたのために何もできなかった私に、罪滅ぼしをさせてよ」
「そんな、罪滅ぼしだなんて……」
姉が悪いのではない。
だけど私は素直に受け止め、握りしめていたメモを開いた。
夏樹の電話番号。これは、綾華に通じる連絡先でもある。
「お姉ちゃん。私はもう、あの子たちと一生関わらないつもりだし、今回も無視する。でも、話を聞いてくれる?」
「ええ、もちろん」
こんな日が来るなんて……
私は今、姉との冷たい関係が、完全に氷解するのを感じた。
横浜で綾華と遭遇したことを姉に話した。中学時代に起きた出来事も、初めて具体的に打ち明ける。
姉は途中から目を閉じ、唇を噛んでいた。懸命に怒りを抑えているのだと、分かった。
「想像以上に酷い。とんでもないクソ女じゃないの、西野綾華ってやつは。あんたよく我慢してたわね。私だったらボコボコにぶん殴って、退学してたわ!」
姉は鼻息荒く、拳をパチンと鳴らした。
「ああ、イライラする。今すぐそいつに会いに行って、仕返ししてやりたい!」
「……ボコボコ?」
あまりの興奮ぶりに私は戸惑いながら、思わず噴き出す。姉の反応は、織人さんそっくりだった。
「何よ。人が真面目に怒ってんのに」
「ご、ごめん。だって、織人さんと同じこと言ってるから」
綾華に対して織人さんがものすごく怒り、それから、パニックになった私を宥めてくれたと姉に教えた。
「へえ、マジで?」
姉は表情を明るくして、楽しそうに笑った。
「やっぱりあの人って、そんなタイプなんだ。最高じゃん」
家族の前で、織人さんは上品な御曹司モードだったが、姉は見抜いていたようだ。
しかも、かなり好意的である。
「まあ、ウーチューブの『キング』が本体だろうって想像はしてたけどね。お父さんたちも大体察してるわよ」
「そうなの?」
まさかと思うが、姉は真面目である。
「ちょっと風変わりでも彼はホンモノのお金持ち。何より、奈々子を大好きなのがビシビシ伝わってきたから電撃婚を許したんだって。坂崎社長の時とは比べものにならないくらい乗り気だったでしょ? それに、動画の内容はともかく、あんたと結婚するためにトップシークレットを晒すなんてすごい度胸だって、お父さんが褒めてたわよ」
父は、織人さんとの縁談をビジネスの条件だけで承知したのではなかった。
彼自身を気に入ったのだ。
姉の話を聞き、あらためて不思議な気持ちになる。
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