一億円の花嫁

藤谷 郁

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三人のその後

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「中学時代のこと、本当に……本当にごめんなさい」

 夏樹が頭を下げて謝罪した。
 声を震わせて。
 雪に濡れた前髪がテーブルに触れている。

「夏樹……」
「いまさら何言ってるんだって話だよね。私自身、ごめんで許されることじゃないって分かってる」

 顔を上げた夏樹と、再び見つめ合う。

「私はいじめの加害者。最低の人間。大人になった今、思い出すたびに恥ずかしくて後悔に苛まれる。奈々子は、あれからどうしただろう。心に傷を負い、それが原因で生きづらくなってしまったんじゃないか。何度も謝りに行こうとして、でも出来なくて……奈々子に申しわけなさすぎて、怖かった」
「……」
「呆れて物も言えないよね」

 私は首を横に振る。
 言葉を失ったのは、呆れたからではない。これほどの悔恨を抱いていたなんて。
 
「夏樹……私はあの頃、確かに苦しかったし、地獄の日々だった。ネガティブな感情が消えず、生きづらさを感じてきたのも事実。だけど、私なりに前に進んできたの。立ち止まることなく」

 前進しなければと、自分に言い聞かせて地獄を抜け出した。
 織人さんも、よく頑張ったと褒めてくれた。私は今、逃げて良かったと心から思っている。
 
「それに、いじめの加害者って、自分がやったことを覚えてもいないし、被害者に悪かったなんてこれっぽっちも思わないらしいよ? でも夏樹は、私を思い出しては胸を痛めてくれたんだね」
「奈々子……」
「私をいじめた真の加害者は、西野綾華。今日、初めて思い至ることができた。夏樹の話を聞かなければ、気づけなかったと思う。私は、自分を守るためにいっぱいいっぱいで、何も見えてなかったの。夏樹と、たぶん莉央だって、被害者なのかもしれないのに」

 夏樹は驚いた顔になり、やがて涙をこぼす。私が知ってる彼女はいつも冷静で、絶対に泣いたりしなかった。あの頃とは違う。これこそが素の姿だと感じる。

 紅茶が運ばれてきた。
 夏樹はハンカチで涙を拭い、きちんと座り直した。
 ダージリンの香りが、心を落ち着けてくれる。

「コーヒーもいいけど、夏樹と同じのにしちゃった」
「そ、そっか」
「今でもダージリンがお気に入り?」
「うん。相変わらず紅茶党なんだ」

 照れたように前髪を直す。
 好きなお茶も、仕草も、あの頃のまま。だけど、目の前にいる彼女は25歳の車田夏樹。
 大人の女性。

 私たちは初めて、微笑み合った。



 紅茶を飲みながら、夏樹と話した。
 彼女は素の彼女となり、すべて語ってくれた。綾華との関係についても。

「綾華の父親は、カネとコネがすべての権威主義者。そして、相手の弱みを握りビジネスを有利に進めるのが常套手段なんだ。私の父も昔、かなり世話になったらしくて頭が上がらない。だから私は、『ニシノ製薬のお嬢さん』と仲良くするようにと両親に言われ、面倒を見させられてきたのさ。父親の自分本位で冷淡な性格を、綾華はそっくり受け継いでいる。ターゲットをいたぶり、孤立させるのがいつものパターンで、子供の頃からそうだった。何しろ、見た目は天使だからね。親の権威を笠にやりたい放題なのに、周りは本性に気づかなかったりする」

 私もその一人だ。
 綾華を天使だと思い込んでいた。

「だから、中学2年の春。奈々子と莉央に出会った瞬間から、私には分かってたんだ。あの子の餌食になるって。二人とも大人しくて、活発なクラスの中で逆に目立ってたからね」
「じゃあ、最初から綾華は……」
「どちらかを孤立させて、楽しむつもりだった」

 いまさらながらゾッとする。そんな意図を微塵も感じさせなかった。
 その時も、その後も、ずっと。
 天使のような美しさと無邪気な言動に、魅了されて。

「私は合わせるほかなかった。子供の頃からそうしてきたし、女王様の家来だったから。でも……」

 夏樹が言葉を途切れさせ、睫毛を伏せる。

「付き合ってみると、奈々子も莉央もホントに擦れてないって言うか、良い子たちで、綾華の意図なんか関係なく、友達になれた気がした。いつか絶対に裏切ると分かってるのに、どうしても二人といる時間が楽しくて……苦しかった」
「夏樹……」

 知らなかった。綾華と私たちの間で、板挟みになっていたなんて。



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