一億円の花嫁

藤谷 郁

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織人の調査

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◇ ◇ ◇

「強い酒が必要だ」

 織人さんはキッチンの酒棚からウオッカを選び、ストレートを立て続けに煽った。
 刺激が強すぎるのではと心配になるが、彼の場合、高濃度のアルコールが頭をクリアにさせるらしい。
 隣に戻って来ると、グラスを置いて、大きく息をついた。

「奈々子も何か飲むか」
「い、いえ……私は大丈夫です」

 今はどんな飲み物も、喉を通らない気がする。綾華に関する織人さんのレポートは、それほどまでに衝撃的だった。

 まさに、看過できない事態である。綾華が、織人さんの大切な幼なじみと結婚するかもしれないなんて。

「翼のやつ。昨日見合いした相手ってのはクソ女だったのか。まずいぞ。あいつの口ぶりだと、どんな女か知らないままOKしちまいそうだ」

 昨夜の翼さんの様子を思い出す。結婚に対して自分の意思を優先させる人ではないと感じた。どこか頑ななほど。

「織人さん。絶対に止めてください。綾華だけはだめです! あの子ほど自分本位な人はいません。それに、夏樹が言っていました。綾華はたびたび、夜の街で遊んでいると」

 まるでゴシップのタレコミだが、綺麗事を言っている場合ではない。
 
 翼さんの淹れてくれたルイボスティーは、温かくて、とても優しい味がした。
 彼のために、知り得たことは全部伝えなくては。

「ああ、特務室も報告してきた」
「あ……」

 当然だ。綾華の現在について徹底的に調べているのだ。

「男の一人や二人いるかもしれないぞ。ていうか、翼の好みとどこまでも真逆じゃねえか」
「織人さん、翼さんの好みを知ってるんですか」
「まあ、はっきり聞いたわけじゃないが……。例えばそう、大和撫子。一本芯の通った、凛とした女性がタイプだと思うぜ。あと、あいつは正義感が強いから、いじめの前科者なんぞ即アウトのはずだ。たとえ家業のための縁談だとしてもな」

 私はほっとした。確かに綾華は真逆のタイプである。

「織人さん。今すぐ翼さんに連絡してください。綾華のことを話すべきです」
「もちろん俺もそう思って、何度か電話してみたんだが」

 なぜか繋がらないそうだ。俺からの連絡を避けてるんじゃないか……と、織人さんは推測する。

「昨日、世話を焼いたのが気に入らないんだろう。九郎さんにかけてもいいが、まずは本人に話さなきゃー、余計に拗れそうだからなあ」

 翼さんは繊細な人なのだ。
 それならと、私は思い切って申し出た。

「私が連絡してみます!」
「君が?」
「はい」

 出過ぎた真似かもしれない。
 だけど、綾華だけはダメ。もっと言うなら、彼女の父親も性質が悪すぎる。
 翼さん、そして羽根田社長のためにも絶対に止めなければ。

「そうだな。あいつ、奈々子に好意的だったし、素直に話をきくかも」

 織人さんは少し考える風にしてから、スマホを構える私に翼さんの番号を教えた。

「これはお仕事用の番号ですか?」
「ああ。奈々子の携帯は未登録だから、とりあえず応答はするだろう」
「分かりました」

 綾華との関係をイチから説明するのは無理。要点だけ手短に伝えよう。翼さんならきっと、それで理解してくれる。

 番号を入力して通話ボタンをタップ。コール音が鳴るか鳴らないうちに、彼が応答した。

『はい』

 威圧感のある低い声。知らない番号なので警戒されたようだ。

「翼さん、こんばんは。お忙しいところすみません。私、奈々子です」
『……』

 返事がない。
 拒絶か、それとも名前を忘れられている?
 織人さんを見ると、スピーカーにしろとジェスチャーした。

「あの、奈々子です。由比織人の……」

 妻ですと名乗る前に、スピーカーから快活な声が響きわたった。

『ああ! 奈々子さんか。誰かと思いましたよ』

 打って変わって親しみの空気が満ちる。少なくとも拒絶はされていないようで、ほっとした。

『失礼しました。咄嗟に思い出せなくて』
「いえ、そんな。こちらこそ突然お電話を差し上げて申し訳ありません。えっと……昨夜は美味しいルイボスティーをありがとうございました」

 まずは挨拶から入った。でもこれは作戦でもなんでもない、心からのお礼である。

『どういたしまして。俺も楽しかったですし、またいつでも遊びに来てください』

 人柄の良さが滲み出る対応に、思わず微笑んでしまう。織人さんが悔しそうな顔をするが、無視して電話に集中する。
 ここからが本題である。

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