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気の合う二人
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翼さんは最初、相槌を打ちながら私の話を聞いていた。「そんなことがあったんですか」「信じられないな」などのコメントもあった。
だが次第に口数が減り、相槌もなくなり、最後には絶句してしまった。
「……翼さん?」
「……」
とてつもなく怖い顔をしている。大きく目を剥き、頬を真っ赤にして。
彼の全身から吹き出すのは怒りのオーラだ。
空のカップを下げに来た店員がギョッとして、逃げるように立ち去った。
「あの、翼さん。大丈夫、ですか?」
恐る恐る声をかけると彼はハッとして、コップの水をごくごくと飲んだ。
顔色が元に戻るのを見て、私は胸を撫で下ろす。
「失礼しました。あまりにも酷い話なので、つい感情的になってしまった」
ポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭う。それを仕舞うと、私と目を合わせた。
「大変でしたね、奈々子さん。話すのもつらかったでしょう」
「えっ?」
翼さんの瞳がウルウルするのが分かった。さっきまでの怒りが消えて、慈悲にあふれた眼差しである。
「それに、不本意とはいえ仲間はずれに加担した友人を許すという度量にも、俺は感動した。あなたは素晴らしい人です!」
「い、いえそんな、私は……」
どうやら私の話は、翼さんの心に思わぬほど強く響いてしまったようだ。
詳細に話しすぎたかしらと、前のめりの彼前に困惑する。
だけど彼は、私が一番伝えたかったことはきちんと理解してくれた。西野綾華が、今も変わっていないという事実を。
「実は俺自身、少し引っかかってはいたんです。彼女と見合いした時」
翼さんは思い出す仕草をして、その理由を語った。
「いかにも社長令嬢という雰囲気で、教養も豊かで会話もそつがない。だけど、そつがなさすぎて、見合いではなく商談でもしてる感じだったな。まあ、政略結婚なんてこんなものだろうと、深く考えなかったんですが。しかし、奈々子さんの話を聞いて腑に落ちました」
綾華の口調や声音、目つきには、本音が表れていたという。
「会社の規模や羽根田家の財産、あるいは各界のコネクション。そういった話題にのみ、彼女は反応していた。もちろん、うまく隠したつもりだろうが、うますぎるんですよ。だから引っかかったんだなと、今なら認められます」
この女は手練れの詐欺師。息をするように嘘をつくタイプだ。そして、俺自身への興味など微塵もない。
「だが、そんなものは些細な違和感。相手は製薬会社の一族で、彼女はそのご令嬢だ。マナーも常識も叩き込まれてるだろうし、経営者の妻として合格点ならいいじゃないか。もともと恋愛だの縁もなくやってきたし、詐欺師でも構わん。そうやって俺は妥協して、OKするつもりでした」
翼さんは自嘲する。
「織人にああだこうだ言われたくないのは、結局、図星を指されるからです。あいつは遠慮なくものを言いますからね……本当のことを」
「翼さん……」
「織人に『本当にいいのか』って言われるのを分かってたから、電話を無視したんです。自分の違和感を、指摘されたくなくて」
ああ、この人は私と同じだ。織人さんの言動に反発しながら、誰より信頼している。
信頼するからこそ、彼の妻である私の話を聞いてくれたのだろう。
そんな翼さんに、心の底から親近感を抱いた。
だが次第に口数が減り、相槌もなくなり、最後には絶句してしまった。
「……翼さん?」
「……」
とてつもなく怖い顔をしている。大きく目を剥き、頬を真っ赤にして。
彼の全身から吹き出すのは怒りのオーラだ。
空のカップを下げに来た店員がギョッとして、逃げるように立ち去った。
「あの、翼さん。大丈夫、ですか?」
恐る恐る声をかけると彼はハッとして、コップの水をごくごくと飲んだ。
顔色が元に戻るのを見て、私は胸を撫で下ろす。
「失礼しました。あまりにも酷い話なので、つい感情的になってしまった」
ポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭う。それを仕舞うと、私と目を合わせた。
「大変でしたね、奈々子さん。話すのもつらかったでしょう」
「えっ?」
翼さんの瞳がウルウルするのが分かった。さっきまでの怒りが消えて、慈悲にあふれた眼差しである。
「それに、不本意とはいえ仲間はずれに加担した友人を許すという度量にも、俺は感動した。あなたは素晴らしい人です!」
「い、いえそんな、私は……」
どうやら私の話は、翼さんの心に思わぬほど強く響いてしまったようだ。
詳細に話しすぎたかしらと、前のめりの彼前に困惑する。
だけど彼は、私が一番伝えたかったことはきちんと理解してくれた。西野綾華が、今も変わっていないという事実を。
「実は俺自身、少し引っかかってはいたんです。彼女と見合いした時」
翼さんは思い出す仕草をして、その理由を語った。
「いかにも社長令嬢という雰囲気で、教養も豊かで会話もそつがない。だけど、そつがなさすぎて、見合いではなく商談でもしてる感じだったな。まあ、政略結婚なんてこんなものだろうと、深く考えなかったんですが。しかし、奈々子さんの話を聞いて腑に落ちました」
綾華の口調や声音、目つきには、本音が表れていたという。
「会社の規模や羽根田家の財産、あるいは各界のコネクション。そういった話題にのみ、彼女は反応していた。もちろん、うまく隠したつもりだろうが、うますぎるんですよ。だから引っかかったんだなと、今なら認められます」
この女は手練れの詐欺師。息をするように嘘をつくタイプだ。そして、俺自身への興味など微塵もない。
「だが、そんなものは些細な違和感。相手は製薬会社の一族で、彼女はそのご令嬢だ。マナーも常識も叩き込まれてるだろうし、経営者の妻として合格点ならいいじゃないか。もともと恋愛だの縁もなくやってきたし、詐欺師でも構わん。そうやって俺は妥協して、OKするつもりでした」
翼さんは自嘲する。
「織人にああだこうだ言われたくないのは、結局、図星を指されるからです。あいつは遠慮なくものを言いますからね……本当のことを」
「翼さん……」
「織人に『本当にいいのか』って言われるのを分かってたから、電話を無視したんです。自分の違和感を、指摘されたくなくて」
ああ、この人は私と同じだ。織人さんの言動に反発しながら、誰より信頼している。
信頼するからこそ、彼の妻である私の話を聞いてくれたのだろう。
そんな翼さんに、心の底から親近感を抱いた。
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