一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
117 / 198
気の合う二人

しおりを挟む
「まあとにかく、イジメ女など論外中の論外。西野家との縁談はきっぱり断ります」

 翼さんが吹っ切れたように笑い、私も微笑みを返す。
 良かった。
 本当に良かった。
 間に合ったことを喜びながら、織人さんにすぐ報告したい気持ちに駆られる。
 どんなに安心するだろう。

「ところで奈々子さん。俺と会う時間と場所を織人に言いましたか」
「え?」

 なぜ今頃、そんなことを?
 不思議に思いつつ、返事する。

 「それは……はい。しつこく聞いてくるので、一応、教えましたが。でも、絶対に来ないよう念を押してあります」

 再度確認するため、店内を見回す。もちろん織人さんの姿は見つからない。

「甘いですね」
「はい?」

 翼さんが窓の外を見やった。
 視線の先を追ってみると……

「ひっ!?」

 向かいのビルの3階。この店と同じようにガラス張りのカフェがあり、その窓に、スーツ姿の男性が張り付いている。手に双眼鏡を持って。

「おっ、織人さん?」

 びっくりして腰が抜けそうになる。
 なぜ、どうしてあんなところから覗いているの?

「し、知りませんでした。ほんとに、信じてくださいっ」
「分かってますよ」

 私の訴えを、翼さんはすんなりと受け入れた。
 同情の眼差しで。

「相手が俺であろうと、愛する妻が他の男と二人きりになるのが心配なんでしょう。とはいえ、あいつの執着には呆れるを通り越して戦慄を覚えますが……奈々子さん、もう一度言わせてください」
「は、はい」
「えらい男に捕まりましたね」
「ううっ……」

 向かいのビルへと、視線を戻す。
 私に気づかれて開き直ったのか、織人さんが大きく手を振っている。
 
「まったく、子供みたいなやつだ」

 苦笑混じりの翼さんの言葉は、そのままそっくり私の感想だった。
 



 その日の夜――

「なあなあ、うまくいったんだろ? なんで怒ってるんだ」
「怒ってなんかいません」

 呆れ果てているのです。あなたの奇行に。

 遅く帰ってきた織人さんにコーヒーを入れながら、私は言葉を飲み込む。
 翼さんに、『あいつなりに一生懸命なんです。多めに見てやってください』と頼まれてしまったから仕方ない。
 でもやっぱり、塩対応になってしまう。

「奈々子が浮気するなんてこれっぽっちも考えてないよ。俺はただ、話し合いがうまくいくか心配だっただけで」

 言い訳するところがあやしい。
 ドリップしたコーヒーをマグカップに注ぎ、織人さんに持たせた。

「もう、わかりましたから。それより、お仕事は大丈夫だったんですか? スケジュールでは、あの時間は会議のはずですよね」
「ああ、全然。関根さんに調整してもらったよ」

 また!?

 織人さんと並んでリビングのソファに座り、私は頭を抱えた。

「何度も言いますが、関根さんや社員の皆さんに迷惑をかけないでください。しかも個人的なことで……私、合わせる顔がありません」
「俺だって何度も言ってるだろう? 優秀なチームがついてるから、多少のリスケは問題ないって」

 この、けろっとした態度。
 関根さんの怒り顔が目に浮かび、いたたまれなくなる。

「まあとにかくさ、君のおかげで翼がクソ女と結婚せずに済んだ。あいつの親友かつ幼なじみとして礼を言わせてもらうよ。ありがとうな、奈々子」
「や、やめてください、そんな……」

 ここまでされると、何も言えなくなってしまう。人たらしと言うか、こういう素直なところが憎めないのだ。

(関根さんやチームの皆さんには、後日あらためてお詫びをしよう。これまでのぶんも、しっかりと)

 ニコニコとご機嫌な彼を、やんわりと睨んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

【完】ソレは、脱がさないで

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング2位 パッとしない私を少しだけ特別にしてくれるランジェリー。 ランジェリー会社で今日も私の胸を狙ってくる男がいる。 関連物語 『経理部の女王様が落ちた先には』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高4位 ベリーズカフェさんにて総合ランキング最高4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 『FUJIメゾン・ビビ~インターフォンを鳴らして~』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高11位 『わたしを見て 触って キスをして 恋をして』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高25位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ
恋愛
 高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。 久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。  私、今日も明日も、あさっても、  きっとお仕事がんばります~っ。

網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」 彼がなにを言っているのかわからなかった。 たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。 しかし彼曰く、これは練習なのらしい。 それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。 それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。 それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。 和倉千代子(わくらちよこ) 23 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 デザイナー 黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟 ただし、そう呼ぶのは網代のみ なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている 仕事も頑張る努力家 × 網代立生(あじろたつき) 28 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 営業兼事務 背が高く、一見優しげ しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く 人の好き嫌いが激しい 常識の通じないヤツが大嫌い 恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

処理中です...