一億円の花嫁

藤谷 郁

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幼なじみ襲来!

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 本当の織人さんを知ったら、花ちゃんはどう思うだろう。

「織人さんについては、旅先で出会った人だと話してあります」
「そうか。あとは?」
「あとは……三保コンフォートのCEOで、お……王子様みたいな感じだったと」
「王子様?」

 きょとんとする織人さんに、事情を説明した。

「花ちゃんに話したのは、お見合いの前なんです。あなたの正体を私も知らなかったし」
「あー、なるほどね」

 そう、私は知らなかったのだ。裸に猿のマスクの変質者がこの人だったなんて。
『王子様』とデートしたあの日が、今となっては遠い昔の出来事に思える。

「じゃあ、現状については報告してないのか」
「いろんなことが重なって、頭が回らなくて。でもすぐに連絡しようと思います。結婚したことも……あっ」

 ふと、気がついた。

「結婚については、公式発表の前に口外したら、まずいですよね」
「相手が花ちゃんならオッケーだよ。奈々子の親友で、家族同然の幼なじみなんだろ? 遠慮なく報告してくれよ。あとな、俺はありのままの姿で彼女に会いたいぜ。王子様じゃなくね」
「は、はあ」

 よく分からないが、花ちゃんに対してかなり好意的な態度である。
 でも、ありのままの姿って?
 まさかキングとして会うとか?
 いや、動画は見せないだろう。あれは会社のトップシークレットだ。

 でも……

 ご機嫌な彼を前に、もう一度考えてみた。
 キングほどではないが、素の織人さんもかなり強烈な『おとこ』である。
 ひょっとしたら、ありのままのほうが花ちゃんに好まれるかもしれない。彼女が漢と認めるのは、上品な王子様ではなく、勇ましい戦国武将だから。

 確かにウマが合いそう。むしろ花ちゃんなら、きっと。

「では、今夜にでも連絡してみますね。花ちゃんの都合も聞いて、三人でどこかの店でお茶でも……」
「なに言ってるんだ、家に来てもらえばいいさ。いつでも大歓迎だと伝えてくれ!」
「えっ、花ちゃんをここに?」

 互いの両親すら招いたことがないのに、まさに身内同然の扱いだ。

「いやあ、楽しみだなあ。よーし、お近づきのしるしにプレゼントを用意しよう。花ちゃんの好物とか、喜びそうなものを教えてくれ」

 なぜこんなにも乗り気なのか。
 だけど、大切な友達を歓迎してくれる、その気持ちが嬉しい。
 張り切る織人さんに戸惑いながらも、心で感謝する私だった。

◇ ◇ ◇

「さてと、花ちゃんに電話しよう」

 お風呂に入ったあと、寝る準備を整えてからスマートフォンを構えた。
 自分の部屋で、もちろん今夜も一人きりである。

 呼び出し音が鳴ると、じきに花ちゃんの声が聞こえた。

『奈々子! どうしているかと心配しておったぞ』

 予想どおりの反応に、思わず微笑む。久しぶりに聞く友の呼びかけは、私の心を温かく照らした。

「ごめんごめん。ずっとバタバタしてて、連絡が遅れちゃったの」
『まったく。何の知らせもないから、いっそ訪ねて行こうと思っていたところじゃ』

 メールでも電話でもなく、直接会おうとする花ちゃんは、やっぱり織人さんに似ている。
 
『それで、見合いはどうだった。推測どおり、相手は由比殿であったか』
「うん。本当に彼だった」
『そうか!』

 花ちゃんの声が弾んだ。
 お見合いの前、王子様との再会を望む私を応援してくれていたから。
 つまり、ここまでは予想どおり。
 しかし、ここからがややこしいのである。

『やはり由比殿は、奈々子と見合いするための根回しをしておったのか。回りくどいやり方だが、それだけそなたを想っている証拠と受け取ろう。いやー、良かった良かった。首尾よく話が進み、結婚に向けての準備が始まったとなれば、さぞや忙しかろう。わしへの連絡が遅れるのも無理はないて』

 花ちゃんは興奮すると多弁かつ早口になる。私は焦り、彼女の想像とは違う展開になった事実を無理矢理割り込ませた。

「あのね花ちゃん。実は私、もう結婚してるの。王子様じゃなくて、化け猿の花嫁になったの!」

 スマホが静かになる。
 そして数秒の沈黙の後、疑問と不安でいっぱいの声が聞こえた。

『……どういう状況なのか、イチから説明せい』

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