一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
125 / 198
幼なじみ襲来!

しおりを挟む
「はい、奈々子で……」
『あんた無事!?』

 いきなり姉が訊ねた。彼女らしくもない甲高い声に、耳がジーンとなる。

「お、お姉ちゃん? どうしたの」
『無事なのかって聞いてるの。今どこにいるの?』
「自宅だけど。マンションの部屋」
『そう。とりあえず、何ごともなく過ごしてるみたいね』

 ホッとした気配。一体、どうしたと言うのだろう。

「お姉ちゃんはどこにいるの? 海外出張だったよね」
『さっき家に帰ったところよ。お母さんと土産をつまみにお茶を飲んで、それで、気になることを聞いたから、慌てて電話したの』
「気になること?」

 私に関する話かしら。
 よく分からず、首を傾げた。

『最近、変わったことはない? 変なやつにつけられたとか』
「?」

 姉の言わんとすることが、やはり分からなかった。

「つけられるって、誰に?」
『変なやつによ。怪しげな若い男とか』
「??」
『分かった、ちょっと待って。順番に話すから。私としたことが、焦っちゃって』

 姉があらためて、電話をかけてきた理由を説明した。

『お母さんが最近、家の周りで怪しげな男を何度も目撃してるのよ。帽子を目深に被ってマスクしてるから顔はわからないけど、あんな人、近所にいないって。お父さんが空き巣の下見だろって警察に通報して、パトロールしてもらったら消えたみたいだけど』

 実家でそんなことがあったなんて。
 空き巣と聞いて心配になるが、でも、その怪しい男が私とどう関係するのだろう。
 姉が話を続けた。

『でね、もしかしたらって思ったのよ。その男、あの女の仲間かもしれないって』
「えっ?」

 あの女。
 姉の憎々しげな言い方が、一人の人物を思い浮かばせる。
 だけど、なぜなのか理解できない。

「あの女って……綾華のこと?」
『そうよ』

 きっぱりとした返事。
 根拠のある話なのだと察し、私の胸は不安でいっぱいになる。
 どうして綾華の仲間が……?

『取り越し苦労かもしれない。でも、用心するに越したことはないわ。夏樹さんも忠告してたでしょ』
「あ……」

 ーー奈々子さんに伝えたかったんです。綾華に気をつけてくださいとーー

 夏樹はSNSで、綾華からダイレクトメールを受け取っている。それは、横浜で遭遇した私についてのメールだった。
 どんな内容なのか私は知らない。
 でも、姉は夏樹からデータを転送してもらい、確認している。

 その内容こそが、『根拠』だった。

『夏樹さんが言った通り、あんたについて面白おかしく書いてあった。まったく……精神年齢いくつだよって感じ』

 姉の言い草から、大体察することができた。中学生の綾華を想像すればいい。彼女の思考は今でも、あの頃のままなのだ。

『それで、私が引っかかったのは最後の数行。聞きたくないだろうけど、これだけは読み上げるわよ』
「う、うん」

 深呼吸して心を落ち着かせる。姉が引っかかったのは、綾華を疑う『根拠』に違いないから。
 姉は少し間を置き、一気に読み上げた。

『「~というわけで、また奈々子に逃げられちゃった。でも今度こそ許さないんだから。あの子のせいで私たちがバラバラになったんだもん、謝ってもらわないとね。莉央も呼んで同窓会しようよ!」』
「……」

 想像以上だった。
 寒気がして、身体の芯まで凍りそうになる。

『奈々子、大丈夫?』
「だ……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけ」

 横浜での遭遇を思い出す。
 一見、大人の女性。だけど彼女は本当に、本質的に中学生のまま、ちっとも変わっていない。

『西野綾華は、夏樹さんたちの件を奈々子のせいだと思ってる。ていうか、そういうことにしてるのよ。あの女の中に、プライドを傷つけられた屈辱的な出来事としてずっと残ってるから、奈々子に偶然会ったことで、それが蘇ったんじゃない?』

 姉の推測は多分、当たっている。
 綾華は今でも私を……女王様に逆らった家来を許せないのだろう。

『だから、夏樹さんたちとまだ仲良くしてるみたいな作り話をして、その上、連絡先を聞き出そうとした。でも、また逃げられてしまった……』

 そうだった。
 あの時の、綾華の嗜虐的な目を思い出してゾッとする。

 ーー莉央が今度結婚するから、久々にグループで集まることになったのよ
 ーーそうよ、加納莉央。懐かしいよね、奈々子が一番仲良かったものね
 ーー良かったら二次会に来ない?
 ーー連絡先を交換しようよ

 綾華がスマホを取り出すのを見て、私は総毛立った。そして、逃げた。
 身の危険を感じて、全速力で。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】ソレは、脱がさないで

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング2位 パッとしない私を少しだけ特別にしてくれるランジェリー。 ランジェリー会社で今日も私の胸を狙ってくる男がいる。 関連物語 『経理部の女王様が落ちた先には』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高4位 ベリーズカフェさんにて総合ランキング最高4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 『FUJIメゾン・ビビ~インターフォンを鳴らして~』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高11位 『わたしを見て 触って キスをして 恋をして』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高25位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。 *** 「吉田さん、独り言うるさい」 「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」 「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」 「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」 「……」 「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」 *** ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。 関連作品(主役) 『神崎くんは残念なイケメン』(香子) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト) *前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

処理中です...