一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
138 / 198
王子様の未来

しおりを挟む
 両家の顔合わせという一大イベントを終えた私は、リラックスした気分で織人さんと過ごした。
 ブティックで結婚指輪を選ぶ時も、いつもより自然な感じで彼に寄り添えたと思う。
 二人で決めたのはシンプルなデザインのプラチナリング。

 婚約指輪も嬉しかったけれど、それとはまた違うときめきを覚えた。

 私はいつの間にか、前よりもずっと織人さんを好きになっている。彼が「キング」だと知っていても……

 はっきりとした自覚があった。


「指輪の受け取りは2週間後か。楽しみだな」
「はい」

 笑顔で返事する私を見て、織人さんが目尻を垂らす。多分彼も、私の『自覚』に気づいている。


 ブティックを出たあと、街を歩いた。ブランドショップが並ぶ通りを抜けて駅前広場に着く。中央に飾られたクリスマスツリーの前で、織人さんがふいに立ち止まった。

「ま……まだ夕飯には早い時間だな。これからどうする? 今日は忙しかったし、もし疲れてるなら、マンションに帰ってもいいんだぞ?」

 繋いだ手に力をこめて、私の顔を覗き込んでくる。目をキラキラと輝かせる彼に、思わず噴き出した。

「なんで笑うんだ?」
「うふっ……だって、目がすごく光ってるから」
「ええっ、そ、そんなことないだろ」

 ごまかすようにまぶたをこする。

「俺は別に、変なこと考えてるわけじゃねーし。ただ、奈々子と早く二人きりになりたいなあとか……じゃなくてだな!」
「わかってます」

 織人さんの目の輝き。キラキラではなく、ギラギラと言ったほうが良い。
 野性的なこの輝きが、ちょっと前までは怖かったはずなのに、今は平気。
 これも私の、『自覚』のせいだろう。

「外食はやめにして、何か買って家で食べましょうか」
「へっ? あ、ああ、いいね。早く帰って、のんびりしようぜ」

 私の提案に、嬉しそうに返事する。
 本当に分かりやすい人だ。
 お義父さんは子供のようだと言うが、こんなところが織人さんの魅力だと思う。
 素直で、正直で、かわいい。

「ん? なんか言ったか」
「いいえ。さ、早く行きましょう」

 私が手を引っ張ると、照れた顔になる。
 
(かわいい……)

 やっぱり私は、前よりずっと彼のことを好きになっているのだ。

「あっ、ちょっと待ってくれ」

 駅ビルのデパ地下へと向かう途中、織人さんが靴を止めた。方向を変えて、エレベーター横に設置されたモニター前に進んで行く。

「へえ、スパイアクションの新作か。面白そうだな」

 見ると、映画の予告編が流れている。そういえば、このビル内には映画館があった。

「スタントなしで有名なシリーズだよ。やっぱ生身の演技は迫力が違うよなあ。ガチのアクションは役者の気迫がビシビシ伝わってくるんだ」

 好きなシリーズなのか、ワクワクした様子で見入っている。

「おっと、夕飯を買うんだったな。待たせてすまない」
「いえ、そんな。急がなくても大丈夫ですよ」

 織人さんはアクション映画が本当に好きなのだ。
 ふと、彼とお義父さんとのやり取りを思い出す。

「織人さんが好きなのは、タイガー・ウォン……という役者さんでしたよね?」
「えっ? ああ、そうだけど」

 思わぬことを訊かれたという反応。
 考えてみれば、これまで興味を持って質問することがなかった。

「その人が主演の映画って、やっぱりすごい迫力なんですか?」

 織人さんがアクションスターに憧れるきっかけになった作品である。なぜか今、ちょっと気になっていた。

「奈々子……」

 驚いた表情になり、ぐっと近づいてきた。私を見つめる眼差しは真剣そのもの。
 怒った顔にも見える。
 まずいことを訊いてしまったのかしらと、思わずたじろいだ。
 
「あ、あの、織人さん?」
「上映会するか」
「じょ……上映会?」

 ぽかんとする私に、こくりと頷く。
 
「VHSビデオもDVDも持ってる。シアタールームでいつでも上映可能だ。実は、奈々子にずっと観てもらいたかったんだ」
「そ、そうなんですね」
「ああ。だけどな……」

 織人さんはふっと目を逸らし、今度は困った顔になる。
 一体、どうしたというのか。
 感情の振り幅に、私は戸惑うばかり。

「なんか恥ずかしくてさ。照れるって言うか……奈々子と一緒に観たくて、でもなかなか言い出せなくてさ」
「はあ」

 恥ずかしい? 照れる?
 恋愛じゃなくて、アクション映画だよね。
 なんだかよく分からなかった。

「そうか……ついに興味を持ってくれたか。奈々子がそこまで望むなら、ぜひ観てもらおう」
「え? いえあの、そこまでというほどでは」
「決まり! 今夜は家で上映会だ」

 私の声が聞こえないようだ。
 どういうわけか、ものすごく興奮している。

「となれば、ジャンクなメニューがふさわしいな。よし、ハンバーガーとかチキンとか、山ほど買っていこうぜ!」
「お、織人さん、落ち着いて……あわわ」

 突如として決まった今夜の予定。
 織人さんに手を引かれ、デパ地下からファーストフードへと方向転換する私だった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。 *** 「吉田さん、独り言うるさい」 「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」 「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」 「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」 「……」 「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」 *** ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。 関連作品(主役) 『神崎くんは残念なイケメン』(香子) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト) *前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。 私たちは確かに愛し合っていたはずなのに いつの頃からか 視線の先にあるものが違い始めた。 だからさよなら。 私の愛した人。 今もまだ私は あなたと過ごした幸せだった日々と あなたを傷付け裏切られた日の 悲しみの狭間でさまよっている。 篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。 勝山 光との 5年間の結婚生活に終止符を打って5年。 同じくバツイチ独身の同期 門倉 凌平 32歳。 3年間の結婚生活に終止符を打って3年。 なぜ離婚したのか。 あの時どうすれば離婚を回避できたのか。 『禊』と称して 後悔と反省を繰り返す二人に 本当の幸せは訪れるのか? ~その傷痕が癒える頃には すべてが想い出に変わっているだろう~

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

Destiny

藤谷 郁
恋愛
夏目梨乃は入社2年目の会社員。密かに想いを寄せる人がいる。 親切で優しい彼に癒される毎日だけど、不器用で自信もない梨乃には、気持ちを伝えるなんて夢のまた夢。 そんなある日、まさに夢のような出来事が起きて… ※他サイトにも掲載

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

処理中です...