一億円の花嫁

藤谷 郁

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一億円の花嫁

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 マンションに着くと、織人さんは早速上映会の準備を始めた。
 私はといえば、言われるままにシアタールームのシートにおさまり、いそいそと動き回る彼を眺めるばかり。

「織人さん。私も何か手伝いましょうか」
「大丈夫、大丈夫。奈々子はゆったり寛いでくれ」

 私はだんだん、タイガー・ウォンについて迂闊に質問したことを後悔してきた。
 考えてみれば、これから観る映画はカンフーアクションであり、私の好むジャンルとは言い難い。
 でもこの上映会、途中退場は絶対に許されないだろう。織人さんが、異様なほどウキウキしている。

「よっしゃ、準備オッケー。まずは乾杯しようぜ」

 シートの前に大きなテーブルが置かれ、その上にファーストフードで買い込んだ食べ物がずらりと並ぶ。
 ハンバーガーにポテト、骨付きチキン、サラダ、デザートまで。

 ちなみに私が選んだハンバーガーは普通サイズだが、織人さんのはLLサイズで、しかも5セットもある。
 お店で注文した時、数を間違えたのかと慌てたが、彼は「5セットで足りるかな」などと呟いていた。
 まるで大人数のパーティーである。

「しかし奈々子は少食だよな。ほら、遠慮せず食べていいんだぞ」

 巨大なハンバーガーを差し出され、ぶんぶんと首を横に振る。

「わ、私は一つでじゅうぶんですから」
「ふーん。まあ、映画は2時間だし、途中で腹が減ったら食べてくれ」

 私の前に、山盛りのポテトとチキンをどっさり置いた。見ただけでもう満腹である。

「奈々子との初上映会にかんぱーい!」

 メロンソーダとジンジャーエールのカップを合わせた。
 私がストローで吸う横で、織人さんがカップの蓋を外して一気に飲み干す。ごくごくと喉を鳴らすその姿は、織人さんというより……キング!

「ぷはっ、甘い。でもたまにはジュースもいいな」

 カップを置いて、リモコンを操作する。部屋の明かりが落とされ、スクリーンが白く輝きはじめた。
 映画がスタートするのだ。

「イントロから凄いんだぜ。楽しんでくれよ、奈々子」
「は、はい」

 こんなにいきなり始まるとは。
 予備知識どころか、タイトルすら知らされていない。

(とにかく、最後まで観てみよう。子供の頃の織人さんが感動して、今も大切にしている映画なんだから)

 私はきちんと座り直して、スクリーンに集中する。織人さんもお喋りをやめていた。



 映画の舞台は香港。
 言語は広東語。
 日本語の字幕版で鑑賞。

 タイガー・ウォンが演じるのは、貿易会社の御曹司にして格闘技世界大会準チャンピオンのリー・チェン。
 ハンサムでリッチで、だけどお人よしな性格が後継者として、そして格闘家としての大きな弱点だった。

 そんな彼と敵対するのは、商売敵のワン一族跡取りのケイ・ワン。
 リーに負けないくらいハンサムだが、性格は狡猾で残忍。そして彼こそが、リーが世界大会の決勝で負けた相手だった。

 イントロはその決勝戦の場面。

 パワーもテクニックもリーが圧倒していたが、最後の最後、鏡の反射光で目がくらみ、その隙にノックアウトされる。
 ケイの手下による妨害だった。
 チームが猛抗議するも判定は覆らず、ケイが世界チャンピオンとなる。

『俺が弱かったんだ。仕方ないさ』

 簡単に負けを認めるリーに、格闘技の師範でもある父親は呆れ返り、厳命を下した。

『次の大会で、ケイよりお前のほうが強いと証明しろ! さもなくば親子の縁を切る』

 そしてリーは、再度チャンピオンに挑戦するための修行に出ることになる。

 場面は移り、そこは雪深い山奥の村。リーが修行するのは、父親が師と仰ぐ達人、フォン老師の家だった。
 門を叩くリー。
 しばらく後、ドアを開けて顔を覗かせたのは……

『ようこそ、リーさん。お待ちしておりました。私はフォン老師の孫娘です』
 
 老師ではなく、雪の精かと見紛うばかりの可憐な女性。
 運命の人、ユイとの出会いだった。


 ここまでが導入部。


 テーマ曲が流れ、スクリーンにはオープニングクレジットに続いて、タイトルが表示された。

【龍虎血戦!! 一億円の花嫁】
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