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一億円の花嫁
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映画は予想どおり、激しい格闘シーンからはじまった。
対決するファイターたち。汗を飛び散らせ、血を流して殴り合う姿は、試合というよりほとんど暴力である。
しかも筋肉モリモリの男しか出てこない。
野蛮な光景に目を覆いたくなったが、メイという女性の登場にホッとさせられた。
メイを演じるのは、白い肌に艶やかな黒髪の、美しい女優。やや丸顔で、美人というより可愛い感じがする。
殺伐とした展開を経て、ふいに現れた彼女の存在は、たとえるなら砂漠のオアシス。安らぎの地。
私は、救われた気持ちになった。
(……恋愛要素もあるんだ)
そういえば、元のタイトルは【龍虎血戰】だが、字幕で表示された邦題には【一億円の花嫁】と副題が付いていた。
花嫁というのはメイのことだろう。つまり本作のヒロインである。
とはいえ、映画のジャンルはカンフーアクションなので、ロマンスは二の次の模様。オープニングのあとは、老師とリーの修行場面がほとんどだった。
隣の織人さんをそっと伺う。
ハンバーガーを手にしたまま、スクリーンを見つめている。
少年のように目をキラキラさせて。
本当に、大好きな映画なのだ。
何度も繰り返し観ているはずなのに、こんなにも熱中するなんて。
私もスクリーンに視線を戻し、続きを鑑賞した。
雪山で修行するリー……タイガー・ウォンの身体能力は、格闘技を知らない私が見ても、超人的だった。
特に、最後の試練である『昇竜』は、まるで野生動物のよう。冷たい水に打たれながらも、猿のように素早く、垂直の岩壁を上っていく。スタントなしというのだから、まさに命懸けだ。
「すげー、マジカッコいいぜタイガー・ウォン。いつか俺も……」
織人さんのつぶやきが聞こえた。夢見る少年の、うわごとのようなつぶやき。
(憧れのアクションスター、か……)
私は今、キングの傍にいる。そしてそれは、まったく不愉快な状況ではなく、自然なことに感じられた。
滝登りの場面が終わると、いきなり季節が春になった。この辺りは唐突だが、次のシーンのための演出だとわかる。
小鳥がさえずり、蝶が舞う花畑。
きちんと髪を整えてスーツを着たリーが、メイと向き合っている。
ようやくの恋愛描写だ。
「……!?」
織人さんが突然、私の手を握った。
見ると、熱い眼差しがそこにあり、彼が私の耳もとに近づいて、ため息のように囁く。
「俺の好きなシーンだよ。君にも関係がある……セリフをしっかりと目に焼き付けてくれ」
「……は、はい??」
これから始まるのは恋愛場面のはず。
それなのに、俺の好きなシーン? 修行とか闘いではなく?
それに、君に関係があるってどういう意味だろう。
はてなマークでいっぱいになるが、とりあえず前を向いた。
織人さんも体を離すが、まだ私の手を握っている。
花畑のなかで、メイとリーが見つめ合う。
リーは、『明日、修行を終えて山を下りる。ついてきてほしい』とメイに告げた。
これは、プロポーズである。
『俺はメイが大好きだ。可愛くて、愛しい』
(え?)
今の告白、どこかで聞いたような……
『ありがとう、リー』
メイは感激の涙を流し、震え声で返事した。
私は動揺しながら、字幕に目を凝らす。
『ひなびた村で生まれ育った私は、外の世界を見たことがないの。いずれは、おじい様の決めた相手と結婚して、この土地に骨を埋めるものと思っていたわ。でも……実はずっと夢に見てた。結婚なんて贅沢は言わない。せめて、お伽話に出てくるような、素敵な王子様と恋をしてから死にたいって……だから、とても嬉しい!』
メイの潤んだ瞳がアップになり、次のカットでは、花びらが舞うなか二人が抱き合いキスをしていた。
スクリーンはロマンチックな色合いとBGMに彩られる。
対決するファイターたち。汗を飛び散らせ、血を流して殴り合う姿は、試合というよりほとんど暴力である。
しかも筋肉モリモリの男しか出てこない。
野蛮な光景に目を覆いたくなったが、メイという女性の登場にホッとさせられた。
メイを演じるのは、白い肌に艶やかな黒髪の、美しい女優。やや丸顔で、美人というより可愛い感じがする。
殺伐とした展開を経て、ふいに現れた彼女の存在は、たとえるなら砂漠のオアシス。安らぎの地。
私は、救われた気持ちになった。
(……恋愛要素もあるんだ)
そういえば、元のタイトルは【龍虎血戰】だが、字幕で表示された邦題には【一億円の花嫁】と副題が付いていた。
花嫁というのはメイのことだろう。つまり本作のヒロインである。
とはいえ、映画のジャンルはカンフーアクションなので、ロマンスは二の次の模様。オープニングのあとは、老師とリーの修行場面がほとんどだった。
隣の織人さんをそっと伺う。
ハンバーガーを手にしたまま、スクリーンを見つめている。
少年のように目をキラキラさせて。
本当に、大好きな映画なのだ。
何度も繰り返し観ているはずなのに、こんなにも熱中するなんて。
私もスクリーンに視線を戻し、続きを鑑賞した。
雪山で修行するリー……タイガー・ウォンの身体能力は、格闘技を知らない私が見ても、超人的だった。
特に、最後の試練である『昇竜』は、まるで野生動物のよう。冷たい水に打たれながらも、猿のように素早く、垂直の岩壁を上っていく。スタントなしというのだから、まさに命懸けだ。
「すげー、マジカッコいいぜタイガー・ウォン。いつか俺も……」
織人さんのつぶやきが聞こえた。夢見る少年の、うわごとのようなつぶやき。
(憧れのアクションスター、か……)
私は今、キングの傍にいる。そしてそれは、まったく不愉快な状況ではなく、自然なことに感じられた。
滝登りの場面が終わると、いきなり季節が春になった。この辺りは唐突だが、次のシーンのための演出だとわかる。
小鳥がさえずり、蝶が舞う花畑。
きちんと髪を整えてスーツを着たリーが、メイと向き合っている。
ようやくの恋愛描写だ。
「……!?」
織人さんが突然、私の手を握った。
見ると、熱い眼差しがそこにあり、彼が私の耳もとに近づいて、ため息のように囁く。
「俺の好きなシーンだよ。君にも関係がある……セリフをしっかりと目に焼き付けてくれ」
「……は、はい??」
これから始まるのは恋愛場面のはず。
それなのに、俺の好きなシーン? 修行とか闘いではなく?
それに、君に関係があるってどういう意味だろう。
はてなマークでいっぱいになるが、とりあえず前を向いた。
織人さんも体を離すが、まだ私の手を握っている。
花畑のなかで、メイとリーが見つめ合う。
リーは、『明日、修行を終えて山を下りる。ついてきてほしい』とメイに告げた。
これは、プロポーズである。
『俺はメイが大好きだ。可愛くて、愛しい』
(え?)
今の告白、どこかで聞いたような……
『ありがとう、リー』
メイは感激の涙を流し、震え声で返事した。
私は動揺しながら、字幕に目を凝らす。
『ひなびた村で生まれ育った私は、外の世界を見たことがないの。いずれは、おじい様の決めた相手と結婚して、この土地に骨を埋めるものと思っていたわ。でも……実はずっと夢に見てた。結婚なんて贅沢は言わない。せめて、お伽話に出てくるような、素敵な王子様と恋をしてから死にたいって……だから、とても嬉しい!』
メイの潤んだ瞳がアップになり、次のカットでは、花びらが舞うなか二人が抱き合いキスをしていた。
スクリーンはロマンチックな色合いとBGMに彩られる。
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