一億円の花嫁

藤谷 郁

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一億円の花嫁

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「見たか、奈々子」

 織人さんが近づき、またしても耳もとで囁く。私を捕まえる彼の手のひらが熱い。

「今のシーン、今のセリフ!」
「は、はい」

 確かに見た。リーとメイのやり取りを、一言漏らさず読み取った。
 だけど、上手く処理できずにいる。

「彼女……メイは俺の初恋の人なんだ」
「……」

 織人さんは、「君に関係がある」と言った
 つまり、こういうことだろうか。
 織人さんと初めて出会った、あの雪の日。私は湖のほとりで、メイと同じようなセリフを口にした。
 自分でも覚えているし、織人さんも……

ーー「……せめて、王子様と恋をしてから死にたかった…………」

(嘘でしょ!?)

 だから、彼は私を食事に誘ったり、デートしたり、近づいてきたってこと?
 あのセリフがきっかけで?

 まさか、それだけのことで……織人さんが私に執着した理由は、それだったの?
 信じられない!
 でも、リーのセリフにも覚えがあるような……

ーー「私は、あなたのことが可愛くて、愛しい」

 山の上での告白、あの言葉だ。
 そのあと織人さんが私にキスをした。今のシーンみたいに。

「だから照れくさくて、なかなか一緒に映画を観ようと言えなかったんだ」
「ええぇ……??」

 突然の種明かしに、私は脱力した。
 返す言葉もなく、夢見る少年の熱っぽい眼差しを受け止めるだけで精いっぱい。

 映画のヒロイン……メイ……初恋の人……


 脱力しながらも、私は映画を見続けた。
 単純に、ストーリーの終わりがどうなるのか気になったから。
 だけど、集中するのは無理。
 なんとも言えないモヤモヤとした感情に、支配されていた。



 映画の後半からラストにかけては、アクションジャンルらしくスピーディーな展開だった。

 修行を終えて街に戻ったリーは、メイという伴侶を得て、仕事の面でもパワー全開。商売敵のワン貿易を退け、大規模契約を勝ち取った。

 あとは世界大会でケイをやっつけてチャンピオンになれば、会社後継者として一族に認められる。
 だが、すべて順調に運ぶと思われた矢先、仕事で負かされたケイが恨みを募らせ、なんとメイを誘拐して、身代金と大会の出場辞退を要求してきた。

 メイが連れ去られたのはワン貿易が所有する工場廃墟。助けに来たリーは要求どおり500万香港ドル(当時のレートで1億円)を渡し、大会辞退も受け入れる。

 驚いたメイは『こんなやつの言うことを聞かないで!』と叫び、ケイに殴られてしまう。
 それを見て怒りを爆発させるリー。スーツを脱ぎ捨て上半身裸になり、ケイに一対一の勝負を挑む。

 闘いは一進一退。
 徐々にリーが優勢となるが、ケイの手下が邪魔をしてなかなかとどめを刺せない。
 しかし途中でリーの父親はじめチームのメンバーが駆けつけて手下を拘束。

 いよいよクライマックスに突入である。

 一気に攻勢をかけるリー。
 追い詰められたケイは卑怯にも刃物を手にするがリーは怯まず、必殺技でぶちのめす。

 喜ぶ父親らが拍手するなか、抱き合うリーとメイがズームアップされて終劇。
 画面はエンディングに切り替わった。


 エンディングテーマが終わるまで織人さんはライトを点けず、余韻に浸っていた。
 私の手を握りしめて、幸せそうに。
 
 映画は確かに面白かった。

 好きなジャンルではないけれど、勧善懲悪のストーリーは爽快で、タイガー・ウォンも意外なほどイケメンだった。ヒロインを助けるために闘うシチュエーションは、カッコいいといえる。

 だけど私は、ずっとモヤモヤしていた。映画は面白かったけど、面白くないのだ。
 なんだか納得できず、部屋が明るくなったとたん、織人さんの手を振り払ってしまった。
 

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