一億円の花嫁

藤谷 郁

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運命の人

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 翌日の早朝。
 まだ暗いうちから私は起き出し、朝食を作るためにキッチンへと向かった。
 途中でシアタールームを覗いて、テーブルの上がきれいになっているのを確認する。織人さんが片付けてくれたのだ。

(織人さん……)

 彼が起きてくる前に、急いで朝食を作った。そして自室に引っ込み、また寝たふりをした。



「奈々子、朝メシ美味かった。ありがとう」

 織人さんがドアの向こうから声をかけた。仕事に出かける時間だ。

「まだ具合悪いのか?」
「……」
「起きてるんだろ? ちょっとだけでいい、声を聞かせてくれ」

 さすがに無視できず、ソファベッドをおりてドアまで歩いた。

「ごめんなさい。今朝は早く目が覚めたから、眠くて……お腹は、なおりました」
「そうか、良かった。俺は仕事に行くけど、体調が悪かったらすぐに連絡しろよ。すっ飛んで来るから」

(織人さん……)

 優しい言葉にジンとする。心配させて申し訳ないと思う。
 でも、ドアを開けられなかった。
 気まずいし、こんな顔を見られたくない。

「晩飯は俺に任せて、今日はゆっくり過ごしてくれ。それじゃ、行ってきます!」

 玄関を出ていく音がして、やがて静かになる。

「ああ……もう、なにやってるんだろ」

 ベッドに倒れ込み、しばらく動けなかった。

「織人さんを見送りもせず、一体どういうつもり? 意気地なし! ヘタレ! バカ!」
 
 織人さんは気づいただろうか。
 私の嫉妬心に。
 映画の登場人物にヤキモチ妬いて、部屋に閉じこもってしまうなんて情けない。
 だけど……

「気づくぐらいなら、あんなこと言わないよね。メイが初恋の人で、彼女の存在があったから私を選んだみたいな」

 織人さんはまったく悪気なく打ち明けたのだ。まるで、ロマンチックな物語でも聞かせるみたいに。
 私との出会いは、彼にとって初恋の人との再会。まさしく『運命』なのだろう。

 織人さんの幸せそうな笑顔を思い出すと、やはり落ち込んでしまう。
 彼の中ではメイの存在が大きく、というか、私は身代わりなのだと。

「だけど、そうよね。そうでもなけりゃ、私なんて選ばれるわけがない」

 むしろメイに感謝すべきだ。彼女がいてくれたから私は彼と結婚できた。それが真相なんだから。

 ベッドの中で悶々と考える。
 理屈で納得しても嫉妬は消えなかった。なんて厄介な感情だろう。

「……誰かに相談したい。客観的に、意見をくれる人」

 思い浮かぶのは、ただ一人。
 スマートフォンを手に取り、彼女に連絡してみた。


◇ ◇ ◇


 花ちゃんはいつでも来いと言ってくれた。
 元気のない私の声を聞いて、察したのかもしれない。
 彼女にはいつもいつも心配をかけてしまう。

「お土産を買っていこう。途中で三日月堂に寄って……」

 エレベーターで1階に下りながら、あれこれ考える。今日はおばあ様もいらっしゃるから、そのぶんも……などなど。

「奈々子様」
「!?」

 エントランスを歩いていると、声をかけられた。考え事をしていたので、びっくりしてしまう。
 振り向くと、黒のスーツにサングラスという出で立ちの女性が私を見下ろしていた。背が高く体格が良い。

「突然お声がけして申し訳ございません。私、三保コンフォート本部特務室の雲井くもい蝶子ちょうこと申します。奈々子様のボディガードを織人様に命じられ、こちらに詰めておりました」
「……あっ」

 いろいろあって忘れていた。
 そういえば、織人さんがボディガードを付けると言っていた。
 綾華から私を守るために。

「特務室所属の精鋭5名で構成された、セキュリティチームのリーダーです。我々は見守る立場のため表立って行動しませんが、今回のみ、私が代表して自己紹介させていただきます」
「そ、そうだったんですね」

 雲井さんから5人分の名刺を受け取った。
 それぞれの顔写真とともに、連絡先が記されている。

(織人さん、本当にボディガードを配置したんだ)

 綾華が私に危害を加えるかどうか、まだハッキリしたわけじゃないのに。
 リーダーを任された雲井さんを前に、なんだか申し訳ない気持ちになる。



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