一億円の花嫁

藤谷 郁

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結婚発表

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 目を覚ますと、隣に織人さんがいなかった。

「あれ……?」

 カーテンの隙間から光が差すのを見て、私は飛び起きる。
 あれからもう一度愛し合い、余韻に浸るうちに眠ってしまったのだ。

「いけない、また寝ちゃった……あ、痛っ!」

 ベッドを降りようとして声を上げた。腰に手を当て、しばし動けなくなる。
 腰痛、というか筋肉痛?
 
「嘘……これって」

 普段とは違う体勢を取ったからだ。織人さんに抱かれて……
 今頃になって恥ずかしさに襲われ、両手で顔を覆った。

「う、ううん、こんなことしてる場合じゃない。とにかく起きなくちゃ」

 時刻は7時半を過ぎている。
 朝食は間に合わなくとも、せめて仕事に出かける夫を見送らなくては。
 よたよたしながら部屋着に着替え、リビングへと向かった。



「おはよう、奈々子。ちょうどいい、一緒に食べようぜ」

 織人さんはキッチンにいた。見ると、ダイニングテーブルにたくさんのパンが並んでいる。シナモンロール、フレンチトースト、チキンドッグに海老カツコッペなどなど。

「お、おはよう、織人さん。えっ、これ、どうしたんですか?」
「実はさ、奈々子が眠ったあと動画を撮りに行ったんだ。帰りにベーカリーに寄って、焼きたてを買って来たわけ。はいはい座って、カフェオレをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 遅く起きてきた私を促し、椅子まで引いてくれる。温かいカフェオレは、小鍋で入れてくれたようだ。

「ごめんなさい、寝坊してしまって」
「しょうがないさ。疲れさせたのは俺だもん」
「……え?」

 ぽかんとする私に、織人さんがフッと微笑む。意味が分かったとたん、頬が熱くなった。

「はあぁ、俺は幸せだなあ」
「も、もういいから、織人さんも座ってください。早く食べないと遅刻しますよ?」
「ははは、照れるな照れるな」

 まったくもう。
 でも、なんだかリラックスできた気もする。さっきまで少し、緊張していたから。
 明るい朝の中で、どんな顔をすればいいのかしら、と。

(やっぱり大人だなあ)

 余裕な彼と向き合い、焼きたてのパンを頬張った。


 ◇ ◇ ◇


「そういえば、昨夜遅くに関根さんから報告書が届いてたんだ」

 身支度を整えた織人さんがリビングを出ようとして、こちらに向き直った。鞄からタブレットを取り出し、ファイルを表示する。

「報告書、ですか?」
「あれだよ、例の件。西野綾華の愛人について」

 あっと思った。
 高級ナイトクラブ『ダイヤモンド』のオーナー。綾華と繋がりがあると分かり、織人さんが特務室に調査を命じていたのだ。

「男の名前は剛田ごうだれん。31歳、独身。ホストクラブのバイトから今の地位にまで上り詰めた成り上がりで、パーティーで同伴した女社長が当時からの太客。ちなみに、そういった愛人は多数存在し、西野もその一人らしい」
「じゃあ、やっぱり正式な恋人ではないのですね」
「それどころか、剛田にとっては女社長に継ぐ金蔓みたいだぞ。西野がどんなつもりで付き合ってるのか不明だが、周囲の話では、かなり貢いでいるようだ」
「貢いで……」

 恋愛感情ではない。
 綾華もたぶん、剛田蓮を利用している。あの子を知る私には、確信に近い感覚で判断できるのだった。

「とにかく剛田という男は、金が大好物。金さえ積まれりゃなんでもやるような金満主義者である、というのが奴に関する最終的な調査結果だな。あとは……」

 織人さんが画面をスクロールしてレポートを確認し、私を見つめる。

「肝心なのは、剛田の動きだ。あの女に金を渡され、良からぬことをやっていないか」

 実家の周りをうろついていた怪しい男。剛田蓮、あるいは彼の手下だったのではないか。その疑惑について、特務室が調べてくれたのだ。

「そういった情報は掴めなかったらしい。クラブに潜入するなど、かなり踏み込んで調査してくれたようだが、大月家や君の周りに近づいた痕跡は見つからなかった。西野のほうも調べたが、特に気になる動きはなく、ひとまず安心していいみたいだぞ」
「そ、そうなんですか」

 横浜で綾華と遭遇し、そのあと夏樹の話を聞いてからこれまでずっと不安だった。
 どんな理不尽なことでも綾華ならやりかねない。そう思い込んでいたのだが、織人さんのおかげで、ようやく心の平和を取り戻した気分になる。


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