157 / 198
結婚発表
3
しおりを挟む
ロマンス小説のような恋愛を夢見ていた。そして、夢が叶ったのだと思う。
ヒーローは普通の王子様とはちょっと違うけれど、私にとっては理想的な男性である。明るくて、エネルギッシュで、そして誰よりも優しい。
つまり、いまや織人さんこそが私の理想そのものなのだ。
「キング込みで好きになるなんて、以前の私なら考えられないな」
独り言を呟き、クスッと笑う。
なにしろ、あの動画を正視できるようになった。
筋肉とか鍛錬とか、一生懸命に取り組むキングをすごいと思えるのだから不思議だ。いや、すごいということが分かってきたのである。
なぜなら、コメントを読むようになったから。
チャンネルには初期からのファンが多く、キングの技がどれほどハイレベルなのか、彼らが解説してくれるのだ。
どの人も格闘技やアクション映画に精通しており、動画が配信されるたび、織人さんも一緒に盛り上がっているとか。
ただ、最近になってアンチが増えたらしい。
キングのチャンネルはこの頃再生回数がうなぎのぼりで、登録者数が7000人を突破した。
なんでも、格闘系ゲーム実況の人気ウーチューバーに、「雪中鍛錬」の回をいいねされたとか。
おかげで注目されたと織人さんは喜んだが、同時に生まれたのがアンチである。
「SNSでもよくある現象だよね。バズって目立つと、不快なリプが増えるみたいな」
人気ブロガーの花ちゃんも言っていた。有名になればなるほど、アンチが増えると。
アンチたちは熱心に書き込みをする。しかも、過去の動画までさかのぼって攻撃するのだから恐ろしい。
猿のバケモンとか、脳筋とか、暑苦しいとか。
少し前まで似たような感想を持っていた私が言うのもなんだけれど……他の誰かに悪く言われると腹が立つ。
『キングの凄さが広まった証拠さ。放っておけばいい』
と、当の織人さんが相手にしないので、眺めている他ないのだけれど。
でも、アンチに動揺せずポジティブにとらえる織人さんが誇らしくもあった。
それに……
夫婦関係が深まった今、織人さんの筋肉はまぶしい。暑苦しいどころか、あの体温にドキドキしてしまう。
だから私も、アンチの書き込みなんて、どうでもいいと思えたりする。
とにかく私は、織人さんも、キングも、彼のなにもかもが大好きな、世界一の大ファンになったのである。
「な、なんだか暑くなってきた。そろそろ帰ろう」
いつ何時でも織人さんのことを考えてしまう。しかも肉体的次元で。
アンチとはまた別の意味で、自分がキモい。
頬をペタペタと叩いてから席を立った。
◇ ◇ ◇
「ええっ!?」
思わず声を上げてしまい、慌てて口もとを押さえた。
今私がいるのは、マンションに向かうタクシーの中。運転手さんがびっくりして振り向く。
「ど、どうかされましたか?」
「いえっ、あの、なんでもありません、すみません」
スマートフォンに目を戻し、もう一度よく見直す。三保コンフォート公式サイトの、最新ニュースのページを。
トップに置かれたのは新ブランドホテルオープンのニュース。次の行に、【結婚のご報告】という一文があった。
私が驚いたのは、その内容である。
ーーーーーーーーーーーー
【関係者各位】
師走の候、皆様におかれましてはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、私的な出来事ではございますが、このたび弊社CEO由比織人が結婚いたしましたことをご報告申し上げます。
お相手は、大月不動産社長大月照蔵氏の次女奈々子さん。
良縁に恵まれ、互いに理想の伴侶を得るにいたりました。
未熟な二人でございますが、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
代表取締役会長 由比一人
ーーーーーーーーーーーー
(やっぱり見間違いじゃなかった……えっ、どうして?)
写真も名前もなしで発表すると織人さんが言っていた。確かに写真はないけれど、私の名前と、お父さんの名前がはっきり出ている……これは一体
自分でも戸惑うほどの驚きだった。
新ブランドのホテルオープンという華々しいニュースに添えられた、目立たない記事ではあるが、ここは三保コンフォートの公式サイト。
会社関係者はもとより、得意先、株主、ホテルの顧客まで、さまざまな人が見るであろうメディアである。
「!」
スマートフォンが震えた。
織人さんからのメッセージだ。
《公式サイトを見て驚いたと思う。すまない。親父の判断で名前を出すと決めたらしい。それが本来の礼儀であるし、大月不動産のメリットにもなると。かえって迷惑をかけそうで俺は心配だが。大月家には親父が連絡済み。悪い、あとは帰ってから話す》
慌ただしい文面。仕事の合間に送ってきたのだろう。
承知しましたと短く返信して、スマートフォンをポケットにしまった。
(そうか……三保グループの会長であるお義父さんが、大月不動産のメリットを考えてくれたのね。確かに、由比家との繋がりは会社の信用度を上げる。でも、迷惑って……?)
よく分からず、首をひねった。
そうこうするうちにタクシーがマンションに到着し、エントランスに入ったところで再びスマートフォンが震えた。
実家の母からの電話だった。
ヒーローは普通の王子様とはちょっと違うけれど、私にとっては理想的な男性である。明るくて、エネルギッシュで、そして誰よりも優しい。
つまり、いまや織人さんこそが私の理想そのものなのだ。
「キング込みで好きになるなんて、以前の私なら考えられないな」
独り言を呟き、クスッと笑う。
なにしろ、あの動画を正視できるようになった。
筋肉とか鍛錬とか、一生懸命に取り組むキングをすごいと思えるのだから不思議だ。いや、すごいということが分かってきたのである。
なぜなら、コメントを読むようになったから。
チャンネルには初期からのファンが多く、キングの技がどれほどハイレベルなのか、彼らが解説してくれるのだ。
どの人も格闘技やアクション映画に精通しており、動画が配信されるたび、織人さんも一緒に盛り上がっているとか。
ただ、最近になってアンチが増えたらしい。
キングのチャンネルはこの頃再生回数がうなぎのぼりで、登録者数が7000人を突破した。
なんでも、格闘系ゲーム実況の人気ウーチューバーに、「雪中鍛錬」の回をいいねされたとか。
おかげで注目されたと織人さんは喜んだが、同時に生まれたのがアンチである。
「SNSでもよくある現象だよね。バズって目立つと、不快なリプが増えるみたいな」
人気ブロガーの花ちゃんも言っていた。有名になればなるほど、アンチが増えると。
アンチたちは熱心に書き込みをする。しかも、過去の動画までさかのぼって攻撃するのだから恐ろしい。
猿のバケモンとか、脳筋とか、暑苦しいとか。
少し前まで似たような感想を持っていた私が言うのもなんだけれど……他の誰かに悪く言われると腹が立つ。
『キングの凄さが広まった証拠さ。放っておけばいい』
と、当の織人さんが相手にしないので、眺めている他ないのだけれど。
でも、アンチに動揺せずポジティブにとらえる織人さんが誇らしくもあった。
それに……
夫婦関係が深まった今、織人さんの筋肉はまぶしい。暑苦しいどころか、あの体温にドキドキしてしまう。
だから私も、アンチの書き込みなんて、どうでもいいと思えたりする。
とにかく私は、織人さんも、キングも、彼のなにもかもが大好きな、世界一の大ファンになったのである。
「な、なんだか暑くなってきた。そろそろ帰ろう」
いつ何時でも織人さんのことを考えてしまう。しかも肉体的次元で。
アンチとはまた別の意味で、自分がキモい。
頬をペタペタと叩いてから席を立った。
◇ ◇ ◇
「ええっ!?」
思わず声を上げてしまい、慌てて口もとを押さえた。
今私がいるのは、マンションに向かうタクシーの中。運転手さんがびっくりして振り向く。
「ど、どうかされましたか?」
「いえっ、あの、なんでもありません、すみません」
スマートフォンに目を戻し、もう一度よく見直す。三保コンフォート公式サイトの、最新ニュースのページを。
トップに置かれたのは新ブランドホテルオープンのニュース。次の行に、【結婚のご報告】という一文があった。
私が驚いたのは、その内容である。
ーーーーーーーーーーーー
【関係者各位】
師走の候、皆様におかれましてはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、私的な出来事ではございますが、このたび弊社CEO由比織人が結婚いたしましたことをご報告申し上げます。
お相手は、大月不動産社長大月照蔵氏の次女奈々子さん。
良縁に恵まれ、互いに理想の伴侶を得るにいたりました。
未熟な二人でございますが、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
代表取締役会長 由比一人
ーーーーーーーーーーーー
(やっぱり見間違いじゃなかった……えっ、どうして?)
写真も名前もなしで発表すると織人さんが言っていた。確かに写真はないけれど、私の名前と、お父さんの名前がはっきり出ている……これは一体
自分でも戸惑うほどの驚きだった。
新ブランドのホテルオープンという華々しいニュースに添えられた、目立たない記事ではあるが、ここは三保コンフォートの公式サイト。
会社関係者はもとより、得意先、株主、ホテルの顧客まで、さまざまな人が見るであろうメディアである。
「!」
スマートフォンが震えた。
織人さんからのメッセージだ。
《公式サイトを見て驚いたと思う。すまない。親父の判断で名前を出すと決めたらしい。それが本来の礼儀であるし、大月不動産のメリットにもなると。かえって迷惑をかけそうで俺は心配だが。大月家には親父が連絡済み。悪い、あとは帰ってから話す》
慌ただしい文面。仕事の合間に送ってきたのだろう。
承知しましたと短く返信して、スマートフォンをポケットにしまった。
(そうか……三保グループの会長であるお義父さんが、大月不動産のメリットを考えてくれたのね。確かに、由比家との繋がりは会社の信用度を上げる。でも、迷惑って……?)
よく分からず、首をひねった。
そうこうするうちにタクシーがマンションに到着し、エントランスに入ったところで再びスマートフォンが震えた。
実家の母からの電話だった。
27
あなたにおすすめの小説
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
昨日、あなたに恋をした
菱沼あゆ
恋愛
高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。
久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。
私、今日も明日も、あさっても、
きっとお仕事がんばります~っ。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる