一億円の花嫁

藤谷 郁

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結婚発表

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 少し落ち着いてから、夏樹にメッセージを送った。
 すると、12時半過ぎに返事がきた。
 メールではなく電話で。
 
『ごめん、お昼を食べてたから、すぐに気づかなくて』
「ううん。私こそ、急にごめん」

 莉央がなぜ電話をくれたのか分からない。次の連絡を待つか、それともこちらから電話するべきか、どうすれば良いのか相談した。
 予想外の出来事に夏樹も驚いたようで、戸惑っている。

『どうしたんだろうね、突然……私も莉央とはまったく連絡を取ってないし。そういえば最近、SNSも見てなかったな』

 もうすぐ結婚するという投稿は前に見たが、それ以降はチェックしていないと言う。

『待って、SNSを確認してみる』
「あ、私も」

 莉央が結婚したのは、勤め先の和菓子店の息子さん。お店の名前は「御菓子司くすき」と、夏樹が教えてくれた。
 私はアプリを開き、お店のアカウントを表示させた。

 ヘッダーを飾るのは、お店の写真。歴史を感じさせる店構えだ。背景に伊豆の山と海が広がっている。
 色とりどりの和菓子が並ぶタイムラインを少しずつさかのぼり、手をとめた。

「あっ……」

 一週間前の日付。
 着物姿の男女が店の入り口に並び、微笑んでいる。
 すぐに分かった。
 男性はお店のご主人。そして、彼に寄り添う女性は……

 小柄で、メガネの奥の丸っこい目が印象的な女性。あの頃よりも大人で、だけど明るく親しみやすい雰囲気は変わらない。

「莉央……」

 涙がこぼれた。
 本当は会いたくてたまらなかったのだと、私は初めて気づくことができた。


【本日、入籍いたしました。これからは夫婦として、力を合わせて頑張ります。
「御菓子司くすき」をどうぞよろしくお願い申し上げます】


 写真に添えられた文章は、結婚報告。莉央はこの日、楠木莉央になったのである。

『奈々子、大丈夫?』

 黙ってしまった私を心配して、夏樹が声をかける。私は涙を拭い、うんうんとうなずく。

「ごめん、つい懐かしくて。あは……莉央、いい笑顔だね」
『うん。ご主人も良い感じの人だし、幸せそうだ』

 タイムラインは店の宣伝がほとんどだけど、時々プライベートな写真もアップされていて、莉央が充実した日々を送っているのが分かる。

(良かった……莉央、おめでとう。本当に)

『これは私の想像だけど。もしかしたら莉央は、奈々子にちゃんと謝りたいと思ったのかも』
「えっ?」
『結婚という大きな節目が、これまでの人生を振り返るきっかけになった。中学時代を思い出して、いてもたってもいられず電話をかけてきたんだよ、きっと』

 夏樹の想像はリアルだった。
 もしそうなら、彼女の気持ちを受け止めたいと思う。

『私も「きっかけ」があったから奈々子に謝罪できたし。まあ、それが綾華のDMっていうのが、なんとも言えないんだけど』

 ため息まじりに夏樹が笑う。
 私はふと、気になっていたことを思い出す。これはまだ確かめていない。

「夏樹。綾華は莉央にもDMを送ったと思う?」

 横浜で遭遇した時。綾華は、莉央がもうすぐ結婚すると言っていた。あれはでまかせではなく、おそらくSNSから得た情報だ。

「お店のアカウントをチェックしてるんだよね」
『たぶんね。綾華のことだからDMを送った可能性はある。でも、もしそれがきっかけなら、もっと前に電話してくると思うよ? それに、綾華に対する莉央の嫌悪は私以上だから、DMが来たとしても読まずに破棄したんじゃないかな』
「そ、そうか……確かに」

 莉央が綾華を許すことはない。
 私と同じように、中学時代の出来事はトラウマなのだ。

『莉央の電話に綾華は関係ない。どうしても気になるなら、私が莉央に聞いてみようか』
「えっ、夏樹が?」

 思わぬ提案だが、それが一番の対処だろう。夏樹と莉央の間に確執は存在しない。だけど……

「ううん、大丈夫」

 迷わず、断っていた。

「莉央の気持ちを、私は正面から受け止める。あの子の勇気に応えたいから」
『奈々子……』
「ありがとう、夏樹」

 また連絡すると約束して、通話を切った。
 そして、連絡先を開いて莉央の番号を表示させる。
 タップすれば、彼女に繋がる。
 ドキドキしてきた。
 まず最初に、なんて言えば良い?
 久しぶり。電話をありがとう。元気?

「ダメだ……心の準備が足りない」

 スマホを置いて、頭を抱えた。
 正面から受け止めるとか、大きなことを言っておいて、このていたらく。
 こんなにも緊張するなんて。

 あらためて莉央の勇気を思い、そして感謝する。
 私はやっぱり、莉央に会いたくてしょうがなかった。
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