恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
54 / 236
正義の使者〈1〉

11

しおりを挟む
「しかしその場合、メゾン城田の住人ではありませんね。ここは単身者向けのアパートですから」

「私もそう言ったのだが、奥さん方は『恋人が泊まることがあるでしょう。大学生とか、若い人が多いみたいだし』と、こう反論されたよ」

「なるほど。大した推理です」


アパートの住人をとことん疑っている。他所者に対する、地元住民らしい心理だと思った。


「だが、あり得ない話でもないな」

「ええ」

「今回の件には関係なさそうだが」

「……」


鳥宮の死に他者が関わっているとしたら、路駐の車を調べる意味はあるかもしれない。

しかし、その線は消えた。

例の証拠品の鑑定結果から、水野さんも同じように判断している。


「それでな、奥さん方の要望を聞きながら、気付いたことがあるんだ」


水野さんはエントランスに足を向けた。


「この辺りは防犯カメラが少ない。人が増えてきた今、城田町はもっと防犯に力を入れるべきだな」

「そうですね」


確かに今のままでは、警察がパトロールを強化しても、空き巣や路上駐車が減ることはない。なぜなら、町のあちこちに死角があるからだ。

防犯カメラは空き巣をはじめ、様々な犯罪予防に効果がある。プライバシーの問題をはらむが、地域住民でよく話し合い、要所要所に設置してほしい。


「帰りに、コンビニの防犯カメラを確認しよう。一条さんと鳥宮がニアミスしたのは四月九日だったな」

「はい」


捜査の順立てをしながら、エレベーターに乗り込んだ。五階のボタンを押すと、籠がゆっくりと上昇を始める。


「謎は残るが、鳥宮の悪癖が転落に繋がった可能性が高い。自殺ではないってことだ」

「ええ。じきに結論が出ますね」


その時点で捜査は終了。一条春菜との縁も切れる。


――彼女は単なる聞き込み相手。今の仕事が終われば縁がなくなる他人だし……


瀬戸さんの言葉を思い出し、がっかりする自分がいた。

感情は正直だった。



五階の外廊下は相変わらず静かで、誰も住んでいないかのようにシンとしている。

刑事二人の靴音が際立って響いた。


「残念、留守のようだ」


水野さんが507号室のインターホンを鳴らすが、反応がない。


「仕事に行ってるのかな」

携帯スマホに電話してみます」


事情聴取の際、番号を聞いている。手帳を見ながら電話をかけた。


「どうした?」

「繋がりません」


俺の返事に、水野さんは渋い顔をする。


「仕事中は電源を切っているのかもしれん。職場に電話してみてくれ」


冬月書店本町駅店の番号を押すと、今度はすぐに応答があった。


『お電話ありがとうございます。冬月書店本町駅店、店長の古池こいけです』


中年男性の声が聞こえた。


「私、そちらにお勤めの一条春菜さんの友人で東松と申します。一条さんに至急ご連絡したいことがあり、お電話いたしました」


できるだけ穏やかな口調で用件を告げた。警察からの電話であることは伏せておく。


『はあ……ご友人の方ですか?』


迷惑そうな響きがあった。個人的な電話をなぜ職場にかけるのか、怪訝に思うのだろう。


「お仕事中にすみません。一条さんの携帯電話の電源が切れているようなので、職場におかけしました」

『……』


なぜか沈黙した。事務所なのか、背後で別の電話が鳴っている。


『失礼ですが、どういった関係のご友人でいらっしゃいますか』

「え?」


関係――?


ふいの質問に戸惑った。答えあぐねていると、水野さんがそばに来て耳を寄せる。


「どういったと言われても……ええと、茶飲み友達です」


とっさに出てきた言葉に、自分であきれた。しかし、まるきり嘘ではない。昨夜、彼女にコーヒーを淹れてもらった。

水野さんは俺から離れ、肩を震わせている。


『茶飲み友達、ですか』


やや不満げだが、納得してくれたようだ。なんとか電話を取り次いでもらえると思ったが……


『それで、どのようなご用件でしょう。一条さんは売り場に出ていますので、私から伝えておきますよ』


俺は眉をひそめた。どういうわけか、わざと電話を代わろうとしないように感じる。

女性社員に怪しげなやつから電話がかかってきたと、警戒しているのか?


(店長の古池といったな)


一条春菜は、苦情の紙について職場の上司に相談したと言った。それが、この男かもしれない。


「いえ、少し込み入った話なので。お忙しいところすみませんが、一条さんに手が空いた時に連絡をくださいと言付けをお願いできますか。東松と名前を伝えてくだされば、わかると思いま……」

『おや、至急ではないのですか?』


いきなり被せてきた。反射的に言葉を引っ込めた俺に、古池は早口で続ける。


『今日は忙しいですからねえ、一条さんの手が空くとしたら夜になってしまいますよ?』

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

私の優しいお父さん

有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。 少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。 昔、私に何があったんだろう。 お母さんは、どうしちゃったんだろう。 お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。 いつか、思い出す日が来るのかな。 思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。

処理中です...