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軽やかなヒール
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「噂をすれば……」
智哉さんに目で合図してから、応答した。
『一条さん、こんばんは。山賀です』
聞こえたのは、明るいとはいえない声音。私は緊張し、スマートフォンをしっかりと構え直す。
「こんばんは、山賀さん」
『あの……さっき、例の件について土屋さんに電話しました』
「うん。どうだった?」
『それが……』
山賀さんは少しためらったあと、やるせなさを滲ませる声で告げた。
『やっぱり、妊娠してるって。今、2か月だそうです』
「……」
私の反応から、智哉さんも察したようだ。ソファの背にもたれ、深いため息をつく。
「間違いないって?」
『はい。昨日、病院で診察を受けたらしいです。誰にも言えずに悩んでたんですね。「私、どうすればいいの?」って、大声で泣き出しちゃうとか。ホントにもう……呆れました』
「え?」
『不倫なんかするから、そんなことになる。泣きたいのはお腹の赤ちゃんだって、言ってやりたかったですよ』
「う、うん」
確かにそのとおりだ。土屋さんは店長と不倫して子どもまで作り、店長の奥さんを裏切った。山賀さんの言い方が辛辣になるのも無理はない。
(ついこの間まで友達だったのに、完全に切れてしまったのね)
隣に座る智哉さんを意識した。彼も、山賀さんと同じことを言うだろう。
それがたぶん、正しい感覚なのだ。
『でも、怒鳴りたいのをぐっとがまんして、親身なふりであれこれ聞き出しました。土屋さんが今朝、店長と揉めてたのは、やっぱり妊娠のことだったんです』
「そうなの。で、店長は……」
『「産むな」の一言だったそうです。たとえ産んでも認知しないと』
「何ですって!?」
つい声が大きくなり、慌てて口もとを押さえた。しかし智哉さんは気にもせず、ソファにもたれたまま考え込んでいる。
「ごめん、山賀さん。興奮した」
『いいえ、無理もないです。土屋さんも最低だけど、店長はさらに最低。とんでもない悪人ですよ!』
まったくもって大悪人だ。愛妻家だとか、面倒見の良い店長だとか、よくも周囲を騙してきたものだ。しかも、じゃまになった土屋さんを捨てて、今度は私を不倫のターゲットにするなんて、吐き気がする。
『それでですね、一条さん。私、土屋さんとの電話を録音したので、本部の人にデータを渡してください』
「えっ、録音?」
つまり、不倫の証拠品である。録音するという発想がなかった私は、山賀さんの準備の良さに驚いた。
『あの二人を徹底的に追い詰めましょう。特に店長は許せません』
「わ、分かった」
おそらく明日、横井さんが連絡をくれる。本部の聞き取りが、すぐにも行われるだろう。
覚悟を決めて臨まなければ。
「ありがとう、山賀さん。録音データは不倫の現場写真と併せて本部に提出するわ」
『はい、お願いします。私の証言が必要でしたら、呼んでくださいね』
「うん。じゃあ、また電話する」
通話を切り、スマートフォンの画面を見つめていると、智哉さんが私の肩を抱いた。
「大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、ぼんやりしてた」
「土屋さん、子どもができてたのか」
「うん。今、妊娠2か月だって」
「腹痛や嘔吐は、つわりの症状ってことだな」
「ええ。間違いないわ……」
あんな男が父親だなんて、最悪だ。小さな命が軽々しく扱われる、その現実に、私は自分が思う以上に打ちのめされている。
「ひどい……店長が許せない」
「どちらもだよ。不倫した土屋にも罪がある」
智哉さんは私を抱いて、髪を撫でてくれる。男性らしい優しさに、心が癒されていく。
こんな時、寄り添ってくれる人がいるのは幸せだ。智哉さんと結婚すれば、これからもずっと傍にいられる。夢が現実になった喜びを、あらためて感じた。
「何も怖がることはない。ハルの心も体も僕が守る。幸せな家庭を築き、一生をともにするんだ」
「智哉さん……」
私は、深く愛されている。
瞼をそっと拭い、温かな胸の中で目を閉じた。
智哉さんに目で合図してから、応答した。
『一条さん、こんばんは。山賀です』
聞こえたのは、明るいとはいえない声音。私は緊張し、スマートフォンをしっかりと構え直す。
「こんばんは、山賀さん」
『あの……さっき、例の件について土屋さんに電話しました』
「うん。どうだった?」
『それが……』
山賀さんは少しためらったあと、やるせなさを滲ませる声で告げた。
『やっぱり、妊娠してるって。今、2か月だそうです』
「……」
私の反応から、智哉さんも察したようだ。ソファの背にもたれ、深いため息をつく。
「間違いないって?」
『はい。昨日、病院で診察を受けたらしいです。誰にも言えずに悩んでたんですね。「私、どうすればいいの?」って、大声で泣き出しちゃうとか。ホントにもう……呆れました』
「え?」
『不倫なんかするから、そんなことになる。泣きたいのはお腹の赤ちゃんだって、言ってやりたかったですよ』
「う、うん」
確かにそのとおりだ。土屋さんは店長と不倫して子どもまで作り、店長の奥さんを裏切った。山賀さんの言い方が辛辣になるのも無理はない。
(ついこの間まで友達だったのに、完全に切れてしまったのね)
隣に座る智哉さんを意識した。彼も、山賀さんと同じことを言うだろう。
それがたぶん、正しい感覚なのだ。
『でも、怒鳴りたいのをぐっとがまんして、親身なふりであれこれ聞き出しました。土屋さんが今朝、店長と揉めてたのは、やっぱり妊娠のことだったんです』
「そうなの。で、店長は……」
『「産むな」の一言だったそうです。たとえ産んでも認知しないと』
「何ですって!?」
つい声が大きくなり、慌てて口もとを押さえた。しかし智哉さんは気にもせず、ソファにもたれたまま考え込んでいる。
「ごめん、山賀さん。興奮した」
『いいえ、無理もないです。土屋さんも最低だけど、店長はさらに最低。とんでもない悪人ですよ!』
まったくもって大悪人だ。愛妻家だとか、面倒見の良い店長だとか、よくも周囲を騙してきたものだ。しかも、じゃまになった土屋さんを捨てて、今度は私を不倫のターゲットにするなんて、吐き気がする。
『それでですね、一条さん。私、土屋さんとの電話を録音したので、本部の人にデータを渡してください』
「えっ、録音?」
つまり、不倫の証拠品である。録音するという発想がなかった私は、山賀さんの準備の良さに驚いた。
『あの二人を徹底的に追い詰めましょう。特に店長は許せません』
「わ、分かった」
おそらく明日、横井さんが連絡をくれる。本部の聞き取りが、すぐにも行われるだろう。
覚悟を決めて臨まなければ。
「ありがとう、山賀さん。録音データは不倫の現場写真と併せて本部に提出するわ」
『はい、お願いします。私の証言が必要でしたら、呼んでくださいね』
「うん。じゃあ、また電話する」
通話を切り、スマートフォンの画面を見つめていると、智哉さんが私の肩を抱いた。
「大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、ぼんやりしてた」
「土屋さん、子どもができてたのか」
「うん。今、妊娠2か月だって」
「腹痛や嘔吐は、つわりの症状ってことだな」
「ええ。間違いないわ……」
あんな男が父親だなんて、最悪だ。小さな命が軽々しく扱われる、その現実に、私は自分が思う以上に打ちのめされている。
「ひどい……店長が許せない」
「どちらもだよ。不倫した土屋にも罪がある」
智哉さんは私を抱いて、髪を撫でてくれる。男性らしい優しさに、心が癒されていく。
こんな時、寄り添ってくれる人がいるのは幸せだ。智哉さんと結婚すれば、これからもずっと傍にいられる。夢が現実になった喜びを、あらためて感じた。
「何も怖がることはない。ハルの心も体も僕が守る。幸せな家庭を築き、一生をともにするんだ」
「智哉さん……」
私は、深く愛されている。
瞼をそっと拭い、温かな胸の中で目を閉じた。
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