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身代わり
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「そのとおりです。しかしその辺りについて一番知りたいのは、我々ではありませんよ?」
瀬戸さんの視線をたどり、智哉さんが私を見下ろす。
「智哉さん、どうして? なぜ山賀さんを私の身代わりにしたの?」
「ハル」
ようやく感情が表れる。声も眼差しも優しく、手のひらには温もりが戻ってきた。
噛んで含めるように、彼は説明した。
「確かに僕は山賀さんに身代わりを頼んだ。このところハルを付け回す怪しい女がいる。不審な客というのも、おそらくその女だろう。だから、ハルの格好をしてマンションに帰る振りをしてくれ。きっと女が尾けてくるだろうから、それが誰なのか確かめて報告してほしいと」
「最初からそのつもりで、私と同じジャケットを山賀さんに?」
「ああ、君を守るためにね。だけど、まさかあんなことになるとは思わなかった。前に追い払った雑誌記者がしつこくつきまとってるくらいに考えてたんだ。だから山賀さんも僕の提案にすぐ乗ってくれて、つきまといの証言を取ると自ら協力してくれたんだよ」
彼女が自ら協力した。それはもちろん真実だろう。なぜなら彼女は智哉さんに好意を寄せている。
「まさか古池が絡んでるなんて、考えもしなかった」
「でも、智哉さん……」
「ああそうだ、これは言いわけだな。もっと用心するべきだった。僕が悪い」
そうじゃない。私が言いたいのは、そういうことじゃない。
だけどなぜか言えない。手のひらごと、心まで掴まれて、動けなかった。
「要するにあんたは、山賀さんの気持ちを利用したわけだ」
野太い声に、はっとする。
これまで控えていた東松さんの、鋭い指摘だった。
「東松、失礼だよ」
瀬戸さんが睨みつけるが東松さんは引かず、智哉さんも止めなかった。
「構いませんよ。言うべきことは全部言ってください。どんな疑問にも答えるし、逃げも隠れもいたしません」
「……」
東松さんは明らかに怒っている。さっきまで冷静だったのに、智哉さんの話を聞くうちに苛立ってきたようだ。
それに対する智哉さんの口振りは悪びれず、しかも挑発的で、私はハラハラしてきた。
「すみません、『あんた』は訂正します。だが水樹さん、俺の指摘は否定できないはずだ。危険と判断したからこそ山賀さんを身代わりにしたんでしょう。古池と繋がりのある女と予測しえなかったとして、結果的に山賀さんはあなたの指示どおりに動いて重傷を負った。彼女の好意に甘え、利用して、危険に晒したんです。恋人を守るために」
そのとおりだ。私が問い詰めるべきことを、すべて東松さんが代弁してくれた。身代わりは山賀さんのほうから申し出たのではなく、智哉さんの作為である。
ばくばくする胸を押さえながら、智哉さんが認め、謝罪してくれるのを待った。
「ええ、そうですね。確かに僕は山賀さんの好意に甘えて、身代わりを頼みました。ですが……」
迷いのない声が部屋に響いた。
「強制したわけじゃない。それを認めたとして、僕は何の罪に問われるのかな」
瀬戸さんが絶句し、東松さんの強面がみるみる赤く染まっていく。
私はといえば、愕然として言葉もない。
あまりといえばあまりな答えだった。
「罪状がどうとか、そんな問題じゃないっ。山賀さんは階段から突き落とされたんだぞ。一歩間違えば即死だった!」
東松さんがイノシシのように突進し、智哉さんの胸ぐらを掴んだ。智哉さんの足が浮くのを見て、もの凄い力なのが分かった。
「バカ、何やってんの!」
瀬戸さんが割って入り、東松さんの暴走を止めた。
智哉さんは解放されたが、息が苦しいのか激しく咳き込んだ。喉を押さえつつ、もう片方の手で離れかけた私の手をつかまえ直す。
反射的に振り払おうとしたが、彼は許さなかった。
「智哉さん、あなたはなんてことを……」
彼の身勝手な言動に対し、言いようのない感情が体の奥底からふつふつと湧き上がってきた。
信じられない。
「ハル。僕は君を守りたかっただけだ」
「違う、智哉さん。私、そんなの望んでない。ちっとも嬉しくないよ!」
智哉さんは驚いた顔になり、私を見つめる。
「嬉しくない?」
「離して!」
私は拒絶した。智哉さんの手から力が抜けて、あっけなく解放される。
「水樹さん」
瀬戸さんが前に進み出て、智哉さんに頭を下げた。
「部下の乱暴をお許しください。私からきつく指導しておきますので」
東松さんを見ると、毒気を抜かれたように顔色が元に戻っていた。
智哉さんは彼らに何も言わず、ただひたすら私を見つめている。奇妙な光景を目にしたように、瞬きもせず。
「ハル」
「私……先に、部屋に戻ってます」
戸惑いが伝わってくる。私の言い分はおかしいだろうか。彼は自分のしたことが正しいと、本気で考えているのか。
もう何も分からない。
彼に背を向け、呆然とする二人の刑事へと向き直った。
「瀬戸さん、東松さん。今夜は失礼します……いろいろと、すみませんでした」
「そんな、こちらこそ本当に、ごめんなさい」
詫びる瀬戸さんの後ろに立つ東松さんは無言で、でも済まなそうに頭を下げた。
私こそ申しわけなくて涙が滲む。
視界がぼやけて転びそうになりながら部屋を脱け出した。
瀬戸さんの視線をたどり、智哉さんが私を見下ろす。
「智哉さん、どうして? なぜ山賀さんを私の身代わりにしたの?」
「ハル」
ようやく感情が表れる。声も眼差しも優しく、手のひらには温もりが戻ってきた。
噛んで含めるように、彼は説明した。
「確かに僕は山賀さんに身代わりを頼んだ。このところハルを付け回す怪しい女がいる。不審な客というのも、おそらくその女だろう。だから、ハルの格好をしてマンションに帰る振りをしてくれ。きっと女が尾けてくるだろうから、それが誰なのか確かめて報告してほしいと」
「最初からそのつもりで、私と同じジャケットを山賀さんに?」
「ああ、君を守るためにね。だけど、まさかあんなことになるとは思わなかった。前に追い払った雑誌記者がしつこくつきまとってるくらいに考えてたんだ。だから山賀さんも僕の提案にすぐ乗ってくれて、つきまといの証言を取ると自ら協力してくれたんだよ」
彼女が自ら協力した。それはもちろん真実だろう。なぜなら彼女は智哉さんに好意を寄せている。
「まさか古池が絡んでるなんて、考えもしなかった」
「でも、智哉さん……」
「ああそうだ、これは言いわけだな。もっと用心するべきだった。僕が悪い」
そうじゃない。私が言いたいのは、そういうことじゃない。
だけどなぜか言えない。手のひらごと、心まで掴まれて、動けなかった。
「要するにあんたは、山賀さんの気持ちを利用したわけだ」
野太い声に、はっとする。
これまで控えていた東松さんの、鋭い指摘だった。
「東松、失礼だよ」
瀬戸さんが睨みつけるが東松さんは引かず、智哉さんも止めなかった。
「構いませんよ。言うべきことは全部言ってください。どんな疑問にも答えるし、逃げも隠れもいたしません」
「……」
東松さんは明らかに怒っている。さっきまで冷静だったのに、智哉さんの話を聞くうちに苛立ってきたようだ。
それに対する智哉さんの口振りは悪びれず、しかも挑発的で、私はハラハラしてきた。
「すみません、『あんた』は訂正します。だが水樹さん、俺の指摘は否定できないはずだ。危険と判断したからこそ山賀さんを身代わりにしたんでしょう。古池と繋がりのある女と予測しえなかったとして、結果的に山賀さんはあなたの指示どおりに動いて重傷を負った。彼女の好意に甘え、利用して、危険に晒したんです。恋人を守るために」
そのとおりだ。私が問い詰めるべきことを、すべて東松さんが代弁してくれた。身代わりは山賀さんのほうから申し出たのではなく、智哉さんの作為である。
ばくばくする胸を押さえながら、智哉さんが認め、謝罪してくれるのを待った。
「ええ、そうですね。確かに僕は山賀さんの好意に甘えて、身代わりを頼みました。ですが……」
迷いのない声が部屋に響いた。
「強制したわけじゃない。それを認めたとして、僕は何の罪に問われるのかな」
瀬戸さんが絶句し、東松さんの強面がみるみる赤く染まっていく。
私はといえば、愕然として言葉もない。
あまりといえばあまりな答えだった。
「罪状がどうとか、そんな問題じゃないっ。山賀さんは階段から突き落とされたんだぞ。一歩間違えば即死だった!」
東松さんがイノシシのように突進し、智哉さんの胸ぐらを掴んだ。智哉さんの足が浮くのを見て、もの凄い力なのが分かった。
「バカ、何やってんの!」
瀬戸さんが割って入り、東松さんの暴走を止めた。
智哉さんは解放されたが、息が苦しいのか激しく咳き込んだ。喉を押さえつつ、もう片方の手で離れかけた私の手をつかまえ直す。
反射的に振り払おうとしたが、彼は許さなかった。
「智哉さん、あなたはなんてことを……」
彼の身勝手な言動に対し、言いようのない感情が体の奥底からふつふつと湧き上がってきた。
信じられない。
「ハル。僕は君を守りたかっただけだ」
「違う、智哉さん。私、そんなの望んでない。ちっとも嬉しくないよ!」
智哉さんは驚いた顔になり、私を見つめる。
「嬉しくない?」
「離して!」
私は拒絶した。智哉さんの手から力が抜けて、あっけなく解放される。
「水樹さん」
瀬戸さんが前に進み出て、智哉さんに頭を下げた。
「部下の乱暴をお許しください。私からきつく指導しておきますので」
東松さんを見ると、毒気を抜かれたように顔色が元に戻っていた。
智哉さんは彼らに何も言わず、ただひたすら私を見つめている。奇妙な光景を目にしたように、瞬きもせず。
「ハル」
「私……先に、部屋に戻ってます」
戸惑いが伝わってくる。私の言い分はおかしいだろうか。彼は自分のしたことが正しいと、本気で考えているのか。
もう何も分からない。
彼に背を向け、呆然とする二人の刑事へと向き直った。
「瀬戸さん、東松さん。今夜は失礼します……いろいろと、すみませんでした」
「そんな、こちらこそ本当に、ごめんなさい」
詫びる瀬戸さんの後ろに立つ東松さんは無言で、でも済まなそうに頭を下げた。
私こそ申しわけなくて涙が滲む。
視界がぼやけて転びそうになりながら部屋を脱け出した。
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