恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈3〉

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古池はスマートフォンを持ったまま逃亡したが、土屋を殺害した直後に電源を切ってから一度も使っていない。


『他にも連絡する手立てはありますよ。中園真弓という協力者を使えばね』


椅子の上でふんぞり返る古池を、取調官は感心したように見返す。知能犯ぶる容疑者を相手に、感情的になってはいけない。調子に乗らせて、どんどん喋らせるのだ。


『しかし古池さん。中園のスマートフォンを解析しても、西岡芳子はもちろんあなたに繋がる人物の記録は見つからないんだが』


取調官は見当も付かないといった風に疑問を向けた。古池はいよいよ自慢げに語る。


『今の世の中、どうとでもなります。SNSという便利なツールがありますから』

『SNS?』


この辺りは中園が詳しく供述している。

中園はネットカフェのパソコンを利用し、西岡芳子のSNSサイトを探した。古池から聞いた「プロフィール」を使ったのだ。

生年月日から卒業した大学、サークル、友人の名前、生まれ故郷……それらを検索すると、意外なほど簡単に特定することができた。



『旦那は大手メーカー勤務だってさ。友達もいっぱいで、バーベキューとかの写真をたくさん載せてたよ。タモツは美人だって言うけど、大したことなかったな。おばさんでさ』


中園は鼻息を荒くする。古池を匿ってじきに男女の関係になった彼女は、元愛人に嫉妬したようだ。

中園を取調べた刑事は女性である。古池のどこにそんな魅力があるのかサッパリだが、中園の興奮した様子から、嘘をついていないのは分かった。


『SNSを使って西岡芳子を特定した。それから、どうやって接触したのですか?』

『あの人、妊婦じゃん。総合病院の産婦人科をお気に入り登録してたから、そこに行ったんだよ』

『あなたが産婦人科に?』

『うん。なにせあの女、明日は妊婦健診ですなんてスケジュール公表してんだもん。接触なんて楽勝だったわ』


取調官はひそかに嘆息した。SNSにおけるプライバシー侵害は、利用者にも大いに問題がありそうだ。


『患者の振りをして待合室に行って、西岡の隣にさり気なく座って、タモツからの言葉をそのまんま伝えた。真っ青になってたよ』


中園はさも可笑しそうに笑った。


『面白かったなあ。産婦人科にはメイクしないで、ふわふわのワンピースとかで行ったんだよね。そのほうがフツーの主婦っぽく見えるじゃん? メイクしないとマジでフツーの顔だから、私』


取調官は「なるほど」とだけ返事をして、仕事を続けた。



古池は中園を使い、西岡芳子を強請った。昔の話を家族に知られたくなければ金を出せ、と。


『びっくりするくらい上手くいきましたねえ』


古池が満足げに話すのを、取調官は苦い気持ちで見つめた。

西岡芳子は、強請られたことを誰にも言わなかった。家族はもちろん警察にもひた隠しにして、金を用意した。

その額、500万。彼女の全財産だ。

引き渡し場所は病院内の女子トイレ。西岡が人目につかない場所を自ら指定したのだ。平穏な生活と幸せな未来を守るために彼女は必死だった。

しかし古池が捕まった今、隠し通せるかは微妙だ。警察は裏を取るために彼女の自宅を訪ね、事情を聴く。

もしも家族にばれたら。

その後どうなるかは夫の裁量によるが、いずれにしろ、不倫の代償は重いものになる。


『金は真弓にそっくりくれてやりました。あいつは喜び勇んで、私の指示どおり一条春菜を殺りに出かけましたよ。呆れるでしょ?』


古池はだが、顔を歪めた。それはそうだろう。上手くいったのはここまでで、結局一条春菜の襲撃は失敗に終わり、それがきっかけで自分が逮捕されたのだから。


『刑事さん、教えてくださいよ。一体誰が山賀に身代わりをやらせたんです。一条じゃありませんよね?』


取調官は答えない。


『もしや、あの男ですか?』

『……』



サイコパス、悪人、あるいは人間のクズ。

取調官はやるせなくなった。この男は、どうしようもない。善悪よりも、己の欲望と快楽が重要なのだ。

だが、自分の都合で他者を犠牲にする人間は他にもいる。

その時、取調官……水野警部補は、水樹智哉の顔を思い浮かべたと言う。

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