15 / 15
目玉焼き【2】
3
しおりを挟む
翌朝――
食卓に着いた冬美の前に、熱々の料理が提供された。
「美味しそう~!」
コンロから下ろされたばかりのそれは、じゅうじゅうと音を立てて、冬美の食欲を刺激する。
スキレットで調理されたハムエッグだ。
「はい、コーヒーですよ」
「ありがとうございます。あれっ……」
陽一の姿をあらためて見つめた。
「ちゃんとエプロンを着けるんですね。ふふっ、なんか可愛い」
「可愛い?」
陽一は照れるが、まんざらでもなさそうだ。機嫌よく冬美の向かい側に座る。
「食べてみてください」
「はいっ。いただきま~す」
目玉焼きのとろりとした食感。ハムはぱりぱりと焼けて香ばしい。
調味料は普通の塩胡椒だ。調理器具が変わるだけで、こんなにも味が違うのかと冬美は感心する。
「いかがです?」
「実演最高! キャンプ場にいるみたい」
「そんなにですか?」
冬美の感想は、ますます彼をご機嫌にさせた。
「レタスのサラダとオレンジもどうぞ。冬美さんが食材を用意してくれたので助かりました」
「そんなの、なんてことありませんよ。朝ごはんを作ってもらえて私のほうが幸せです」
ちょうどパンが焼けたので、苺ジャムを塗る。
ジャムは陽一の荷物に入っていた。ちなみにコーヒーセットも彼の持ち物である。学生時代からこれまで一人暮らしだった彼は、毎朝パンを主食にしていたと言う。
「簡単なものでよければ、朝食は僕が作ります。なんなら、夕飯の仕込みもやっちゃいますが」
「ええっ?」
信じられない申し出だった。
「すごいですね。私なんてずっと実家住みで、ご飯作りは母親任せで、米研ぎと味噌汁くらいしか作れないのに」
言いながら情けなくなるが、陽一はニコニコと聞いている。
「大丈夫、冬美さんはやればできる人です。でも、頑張りすぎはいけません。これまでどおり、冬美さんらしく生き生きと暮らしてくれたら僕も幸せです」
「か、課長……」
なんという大らかな男性だろう。
それに課長は、助清くんを応援し続けることまで応援してくれる。夫公認で推し活できるとは思わなかった。
「でも、一つだけ注文があります」
「えっ? な、なんでしょう」
冬美はデレた顔を引きしめる。一体どんな注文だろう。想像もつかないけれど……
「そろそろ僕のことを、名前で呼んでください」
「……」
そんなことか……と、緊張がほぐれる冬美だが、じっと見つめられてだんだん困惑してくる。
これまで一度も名前で読んだことなどない。
「ええと、いつから?」
「もちろん、今からですよ」
「ひい……」
いきなりの要求に焦りまくるが、逃げるのは許されない。なにもかも甘えて、彼の望みを一つも叶えられないなんて、それこそ妻失格である。
「分かりました。では、いきますよ」
「うん」
「よ……」
舌がこんがらがりそうだ。しかし、やらねばならない。
「よ……陽一さん」
彼の真面目な顔が一気にほころぶ。冬美がいたたまれなくなるほど、喜んでいる。
「よくできました。やっぱりきみは、やればできる人です」
「あ、ありがとうございます。かちょ……じゃなくて、あわわ……」
明るい笑い声。
ほのぼのとした空気が朝の食卓を包み込む。
「冬美さん。これからもどうぞよろしくお願いします」
「はいっ。陽一さん」
パンと目玉焼きとコーヒーと……
大好きな人と暮らせる幸せを、冬美は噛みしめた。
食卓に着いた冬美の前に、熱々の料理が提供された。
「美味しそう~!」
コンロから下ろされたばかりのそれは、じゅうじゅうと音を立てて、冬美の食欲を刺激する。
スキレットで調理されたハムエッグだ。
「はい、コーヒーですよ」
「ありがとうございます。あれっ……」
陽一の姿をあらためて見つめた。
「ちゃんとエプロンを着けるんですね。ふふっ、なんか可愛い」
「可愛い?」
陽一は照れるが、まんざらでもなさそうだ。機嫌よく冬美の向かい側に座る。
「食べてみてください」
「はいっ。いただきま~す」
目玉焼きのとろりとした食感。ハムはぱりぱりと焼けて香ばしい。
調味料は普通の塩胡椒だ。調理器具が変わるだけで、こんなにも味が違うのかと冬美は感心する。
「いかがです?」
「実演最高! キャンプ場にいるみたい」
「そんなにですか?」
冬美の感想は、ますます彼をご機嫌にさせた。
「レタスのサラダとオレンジもどうぞ。冬美さんが食材を用意してくれたので助かりました」
「そんなの、なんてことありませんよ。朝ごはんを作ってもらえて私のほうが幸せです」
ちょうどパンが焼けたので、苺ジャムを塗る。
ジャムは陽一の荷物に入っていた。ちなみにコーヒーセットも彼の持ち物である。学生時代からこれまで一人暮らしだった彼は、毎朝パンを主食にしていたと言う。
「簡単なものでよければ、朝食は僕が作ります。なんなら、夕飯の仕込みもやっちゃいますが」
「ええっ?」
信じられない申し出だった。
「すごいですね。私なんてずっと実家住みで、ご飯作りは母親任せで、米研ぎと味噌汁くらいしか作れないのに」
言いながら情けなくなるが、陽一はニコニコと聞いている。
「大丈夫、冬美さんはやればできる人です。でも、頑張りすぎはいけません。これまでどおり、冬美さんらしく生き生きと暮らしてくれたら僕も幸せです」
「か、課長……」
なんという大らかな男性だろう。
それに課長は、助清くんを応援し続けることまで応援してくれる。夫公認で推し活できるとは思わなかった。
「でも、一つだけ注文があります」
「えっ? な、なんでしょう」
冬美はデレた顔を引きしめる。一体どんな注文だろう。想像もつかないけれど……
「そろそろ僕のことを、名前で呼んでください」
「……」
そんなことか……と、緊張がほぐれる冬美だが、じっと見つめられてだんだん困惑してくる。
これまで一度も名前で読んだことなどない。
「ええと、いつから?」
「もちろん、今からですよ」
「ひい……」
いきなりの要求に焦りまくるが、逃げるのは許されない。なにもかも甘えて、彼の望みを一つも叶えられないなんて、それこそ妻失格である。
「分かりました。では、いきますよ」
「うん」
「よ……」
舌がこんがらがりそうだ。しかし、やらねばならない。
「よ……陽一さん」
彼の真面目な顔が一気にほころぶ。冬美がいたたまれなくなるほど、喜んでいる。
「よくできました。やっぱりきみは、やればできる人です」
「あ、ありがとうございます。かちょ……じゃなくて、あわわ……」
明るい笑い声。
ほのぼのとした空気が朝の食卓を包み込む。
「冬美さん。これからもどうぞよろしくお願いします」
「はいっ。陽一さん」
パンと目玉焼きとコーヒーと……
大好きな人と暮らせる幸せを、冬美は噛みしめた。
3
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
雨降る夜道……
Masa&G
恋愛
雨の夜、同じバス停で白いレインコートの女性が毎晩、誰かを待っている。
帰ってこないと分かっていても、
それでも待つ理由がある――
想いが叶うとき――
奇跡が起きる――
花も実も
白井はやて
恋愛
町で道場を営む武家の三男朝陽には最近、会うと心が暖かくなり癒される女性がいる。
跡取り問題で自宅に滞在したくない彼は癒しの彼女に会いたくて、彼女が家族と営む団子屋へ彼は足しげく熱心に通っているのだが、男と接客している様子を見ると謎の苛立ちを抱えていた。
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
大書楼の司書姫と謎めく甜食
鳩子
恋愛
『結婚か、昇進か。どちらか選びなさい』
『心に決めた相手が居る』と縁談を断り続けていたアラサー公主・娃琳に
兄王から突きつけられたのは、究極の選択だった……。
来月に控えた大茶会には、隣国の皇太子が来るという。
その、饗応の為に、『珍奇で美味なる菓子を用意すること』。
それが出来れば、昇進。出来なければ結婚となる!
公主とはいえ、嫁き遅れの為、大書楼で司書として働いている娃琳は、
知識には自信が有ったが、一つ問題があった。
それは、彼女が、全く味覚を感じないと言うこと。
困っていた彼女が、街で出逢ったのは、西域から来たという謎の男、鴻。
彼は、故郷を助ける為に、『真実を告げる菓子』を探していると言う……?
大茶会と娃琳の将来の行方。
謎の男、鴻が守るべき故郷の秘密・・・。
後宮大書楼を舞台に、数多の書物と、
とびきりの甜食(スイーツ)と、陰謀が描く、中華後宮ラブミステリ。
優しい彼
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の彼は優しい。
……うん、優しいのだ。
王子様のように優しげな風貌。
社内では王子様で通っている。
風貌だけじゃなく、性格も優しいから。
私にだって、いつも優しい。
男とふたりで飲みに行くっていっても、「行っておいで」だし。
私に怒ったことなんて一度もない。
でもその優しさは。
……無関心の裏返しじゃないのかな。
運命には間に合いますか?
入海月子
恋愛
スペイン建築が大好きな設計士
大橋優那(おおはし ゆな) 28歳
×
せっかちな空間デザイナー
守谷翔真(もりや しょうま) 33歳
優那はスペイン建築を学ぶという夢が実現するというときに、空間デザイナーの翔真と出会った。
せっかちな彼は出会って二日目で優那を口説いてくる。
翔真に惹かれながらも、スペインに行くことが決まっている優那はその気持ちに応えられないときっぱり告げた。
それでも、翔真はあきらめてくれない。
毎日のように熱く口説かれて、優那は――
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる