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16 魔法使い
しおりを挟むベルガー辺境伯家のタウンハウスは王都の端の方に位置しているのでその分広々とした作りになっている。
お屋敷の前にある庭園は、冬なので鮮やかな花々を見ることはできないがそれでも綺麗に手入れされていることが権力の象徴だ。
それから普通の屋敷とは違って、独立した兵士や、魔法使いの詰め所や訓練所があるのも特筆するべき点だろう。
フォクロワ大陸魔法協会支部から派遣されてきている直属の魔法使いはベルガー辺境伯家に滞在して有事に備えている。
彼らは国の魔法使いよりも力が強く、彼らがいるだけで小さな国家であれば殲滅できるほどに力は強大だ。
そんな彼らの指揮権を持っているベルガー女辺境伯は国の中でも一二を争う権力者だ。
と何故そんなことを考えているのかというと、私の部屋のバルコニーからはその詰め所となっている別館とその訓練施設らしきものが割と近くにみえるからだ。広がった芝生に、訓練用の的と障害物などが置いてある。
夜間も変わらずに訓練が出来るようにか広場にいくつか灯りがともっている。
そこには魔法使いの人達がたまに通る。
それをみて気を紛らわせているのだ。
「……あれは、いつもヴィンセント様のそばにいる……」
しばらくすると、屋敷の方から詰め所に向かって歩く二人の魔法使いが見えた。
彼らの名前は知らないが顔は知っている。いつもヴィンセントの後ろから私の事を物珍しそうに見つめているから。
「遠くからでも案外わかるものですね」
震える唇で、小さくつぶやく。部屋の中を見てみるけれど、まだローナは戻ってきていない様子でカミラは部屋の中でくつろいでいる。
バルコニーへと続く窓の鍵は閉まっていて、まだ私を中に入れるつもりはないらしい。
こういうことはままあるのであまり気にしていないがせっかく、ヴィンセントが私の健康に気を使ってくれているのに、と思うと少しだけ申し訳なかった。
……それにしても寒いですね。雪でも降りそうです。
そう考えて魔法使いの彼らに視線を戻すと、そこには明らかにこの屋敷の者ではなさそうな集団が彼らに向かって襲い掛かっているところで、突然のことに驚いた。
何かの訓練かとも考えたが、必死の形相を見ればすぐにそうではないとわかる。
震える拳を握って、すぐに助けを呼ばなければと車椅子の肘掛けに手を置いた。
「っ、すごいですね」
しかし、現れた襲撃者に対して、彼らはまったくひるむことなく、華麗なロットさばきで、襲撃者の体を吹き飛ばしたり次々と仕留めていく。
その様子が完全な安全地帯にいる私には歌劇の殺陣(たて)のシーンのように見えてしまってハッと息をのんだ。
あまり外に出ることがなかった私は魔法使いや騎士の仕事を見たことがない。
それがこんなふうに特等席で見られるのは珍しい事だろう。
少し身を乗り出してバルコニーの柵に手をかけてのぞき込むと、彼らはこちらにぱっと気が付いて、見知った顔だったからだろう手をあげて振る。
「そんなところにいるなよっー! ヴィンセントが心配するぞー!」
うち一人が大きな声でそう言って、たしかにこう寒いのに一人でバルコニーにいる様子は彼に心配をかけてしまうだろうと思う。
しかし最近のカミラはひどく機嫌が悪いのだ。私があれこれ言うとローナに当たるし、両親につけてもらった従者なので私から解雇することも気が引ける。
彼の言葉に何も返せずに私も片手をあげて軽く振った。大きな声を出すと心臓に悪いからしなかったということにしようと思う。
私が手を軽く振ると彼も頭にクエスチョンマークを浮かべたまま手を振り返す。
その後ろに今まで息をひそめていた襲撃者が襲い掛かってくるが、隣にいるもう一人がすかさず魔法を使って、襲撃者は崩れ落ちる。
「はぁ……俊敏なんですね……」
その様子に感嘆の息を漏らしつつも、私のような戦えない人間の生活はこういう人たちによって守られているのかと思う。
人と人が戦う姿というのはとてもうまい人のダンスのようで、繊細で素晴らしい技術だ。
自分にも同じようにできたらいいのだが、誰にでも出来ることではないのだろう。
不意に、バルコニーの扉が開いてローナが急いで私を中に引き入れた。
カミラはとても不服そうな顔をしていて、その態度が恐ろしく寒さとは別に体が震える。
こんなことは、どうにかしなければという気持ちになるけれど、どうにかするとして事を成す前に私は死んでいるのではないかという気持ちが大きくて、惰性でいつも通りに笑みを浮かべた。
「ウィンディ様、ああ、こんなに薄着で……」
「……大丈夫です。このぐらいは」
「そうですよ、ほんの少しの間、気分転換の為に外に出していただけなんですからね? 言ったでしょうローナ」
「はい、その通りです」
声が震えないように体をこわばらせて、心配しているローナに声をかける。
彼女はとても複雑そうな顔をして、私を部屋の中で一番温かい暖炉の前へと移動していくが何も答えることはしない。
私は何を言ったら彼女の気持ちを楽にしてあげられるのかと考えたけれど、どうせ死ぬのだから気にしないでなどという身もふたもない言葉が思い浮かんで、ただ黙ることにした。
かじかんでいた手が少し戻って振り返って車椅子のハンドルを握っているローナの手に添えた。
なぜか彼女の手の方が細かく、震えていたのだった。
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