19 / 56
19 嘘のない真実
しおりを挟むされるがままに、救急処置として彼からもらった湯たんぽと温かい飲み物を飲ませてもらって、本物の暖炉の前で毛布を巻かれて座らされていた。
眠れるように暗くて落ち着いた部屋に、暖炉の炎の明かりだけがキラキラと輝いている。
魔力式の暖房よりも、直接、普通の炎のそばにいた方が体が効率よく温まるらしい。
個人的には熱いお湯につかればすぐに暖かくなりそうなものだが、あまりに体が冷えているときにそれをすると、死ぬこともあるらしい。なので体をじわじわ温める必要がある。
という事で、私は一人で毛布にぐるぐる巻きになっているわけではなく、その後ろから心配しすぎてそばを離れられないヴィンセントが体温をうつすように覆いかぶさって一緒に毛布に巻かれている。
つまり、彼の股の間に座り後ろから抱きしめるみたいに二人して暖炉の前にいた。
たしかに、これは心地よく温かくて、うっとり眠ってしまいそうなほどだった。
しかし、それにしても体温で体を温めるなど、どこかの本でよんだ遭難者の手記みたいだなと私は思いつつ、まどろんでいた。
ふと口元に手がかざされて何事かと、視線を動かすと、ヴィンセントはじっと私を覗き込んでいる。
「……ごめん、起こした?」
「いいえ……眠っていません」
「そう。いや、あまりにも君が静かに呼吸するから生きてるか心配になって」
聞かれて、救出されてからはじめて言葉を交わした。
案外、すんなりと話すことが出来るが、彼の言葉に心配しすぎだと思う。
たしかに、死にそうなほど寒かったような気がするが、こうしてきちんと言葉も話せているし、そもそもカミラだって殺す気はなかったのだろう。
そう思って、ヴィンセントは心配性が過ぎるのだと言おうと考えた。
「というか、もう話が出来るほど回復したんだ。ああでも、しばらく、いや、今夜中はこうしていさせて。それにもう、あんな思いをするぐらいなら、同じ部屋で暮らしたいぐらいだ」
「…………大丈夫っ、こほ、っ、心配のし過ぎです」
「心配し過ぎ? そんなわけないだろ、君を抱き留めた時、死んでると思った。体が冷たすぎて、雪が積もっていて、ただ、唇が少し動いて、瞬きをしたから、生きてるってすぐにわかっただけだ」
彼の行き過ぎた言葉に、私は少し笑って思ったことを正直に言った。笑うと少し咳が出て胸が苦しい。
しかし、私の言葉に対する反応は予想外のもので、声が固くなって、抱きしめる手がきつくなる。
彼の吐息が耳をかすめて、堪えたような声音で続けて言った。
「死んでいたっておかしくなかった。取り返しがつかなくなって、君がいなくなってしまったら俺は、あの人を契約違反になっても自分の手で殺していたし、絶対に悔やんでいた」
低くて強張った声、表情は見えないけれど怒っているというのが伝わってくる。
「だから、もう二度とこんなふうにならないように、ずっと目の届く場所にいてもらいたいと思うのは普通の事だ。あの時は従者の手前、冷静に対処したけれど、目の前が真っ黒になるぐらい酷い怒りと悲しみでおかしくなりそうだった」
「……大袈裟ですよ」
「なんでそう、君は……そういう事を言うんだ。冷たい君を抱いているときの気持ちを大袈裟だなんて、君にだって言う権利はない」
きっぱりと言い切られて、私は、はたと目が覚めたような感覚だった。
「君が自分を軽んじるのを俺が変えられないのは仕方ないとしても、君を想ってる俺の気持ちは俺だけのもので、俺はどうしても君が死ぬのだけは許すことができない。
君を殺した相手も、君を殺させるような状況にした自分の事も、その他すべてが許せない。
愛しているんだ。ウィンディ。死んでいたかもしれないってだけで、死にそうな君を見ただけでどうしようもなくなってしまうぐらい、堪らなく君は俺の世界の中心なんだ。
だから、大袈裟でも心配性でもない。ウィンディがずっとそういうふうに思い続ける限り、ひと時でも目を放したくない。
君が拒絶してもそれだけは、変わらない事を知っておいて……」
絞り出すようなその言葉を最後に、彼は黙って、私は何故か瞳が潤んでしまって自分でも意味がよくわからない。
少しばかり怒られて怖かったのか、それとも今更死の淵に立ったことが怖かったのか、それともまったく別の何かか。
分からないけれど彼の言葉に、納得してしまって、細かい震える吐息を吐いて、瞬きをすると涙が零れ落ちる。
手をつないだことがある程度の、私とヴィンセントの関係性で、こんなふうに体を密着させて夜を過ごすようなことになっているのは、私としては違和感があった。
きちんとした夫婦でもないし、お互い未婚の男女でありながらこんなのは、ふしだらで外聞が悪い。
それを彼も理解しているだろうし、私の事を軽んじているわけでもないということは知っている。だから私の了解を得ずにこういう事をしているのは何故なのかと、多少なりとも思っていた。
けれども、今の告白を聞いてわかった。
きっと、私の感情など体面や、外聞や、関係性など考慮していられないほどに焦って、やれることならなんでも手段を選ばずやったからだ。
必死になって心配して、必死になって助けたいと思って、私が自分に対するヴィンセントの感情を正しく認識できていなかったらきちんと怒って、否定する。
愛していると理由を述べて、大切なのだとわかるように示してくれる。
こんなふうに愛されたことなど、私にはなかった。しかし、そうまで言ってくれてやっとわかる。
「……そんなに、きちんと愛してくれているんですか」
「ああ、誰よりも、君だけを」
「そう、ですか。申し訳ありません、あなたの感情を軽んじていました。ずっと言っていませんでしたが、私に救いの手を差し伸べてくれてありがとうございます。今も……温めてくれて、人の体温はこんなに暖かいんですね」
「君の体が冷たすぎるんだ。それに俺は……当たり前のことをしてるだけで、君を助けてるわけじゃない」
「難しい事をおっしゃいますね」
「そうでもない」
短く言われる言葉に、彼はやっぱり何かを隠していると思う。時折言い回しが怪しいのだ。
しかし、わかった。その情だけは本物で、私には変えようがないほど本気の愛だとようやく理解できた。
私が死ぬことを恐れてくれるぐらいに、愛しているというのなら私を健康にして、人体実験をしようなどとは思っていないだろう。ただ死なないように元気になってほしいと思っているのだ。
「……っ、なんだ。そうだったんですね」
つぶやくように言って、私はこぼれてくる涙をそのままにした。
そのうちに彼が気が付いて、怒って、きつい事を言って、怖がらせてごめんと謝りながら涙をぬぐってくれたけれど、その甲斐甲斐しさが可笑しくて私はやっぱりちょっと笑いながら、とめどない涙を流し続けた。
172
あなたにおすすめの小説
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?
ちゅんりー
恋愛
公爵令嬢リペは、厳しい王妃教育と窮屈な未来から逃れるため、ある画期的な計画を思いつく。それは、世にも恐ろしい「悪役令嬢」になりきって、完璧な第一王子カイルに婚約破棄を叩きつけること!
さっそくリペは、高笑いと共に「不敬な態度」「無駄遣い」「嫌がらせ」といった悪行の数々を繰り出すが……。
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる