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すでに詰んでる……。3
しおりを挟む私は軽く毛並みを撫でて耳の中を確認して、それから肉球の健康状態も見る。悪くない。合格。
「ヴィンスもこっちおいで」
「……はい、何でしょうか?」
「いいから」
私は彼の手を取って脈拍を確認、それから体温、爪と髪の状態を確認する。体調は良好そうだ。
陽の光が当たらない場所だと聞いたので、何かしら問題があるのかもと思ったが、まだ体に異常をきたしてはいないようだった。
「うん、健康!合格」
「はい?」
彼はまた小首を傾げて、仕事に戻っていく。
ここが『ララの魔法書!』のクラリスの最終地点であり、これ以上やりようが無いのだとしても、とにかくは、私はここから出ない事にはどうしようも無いだろう。
それに、手段はあるはずだ。あの物語は『ララの魔法書!』。その名の通り、ララの話であってクラリスの話では無い、脱獄を目指しても、物語は別に破綻しない。
というかそもそもだ、お話は終わっているのだから、何しようが私の勝手なはずだ。
屁理屈をこねるようだが、ここに幽閉される罪はクラリスの罪であって私のものでは無い。
ここにずっと居てはヴィンスの教育にも悪いだろう。私だってこうなってしまったからには、今わかっている現状……つまり自分が死んで、どうやら別の人間になってるらしいという事を理解できて、それ以外にないのだと、リアリティーを持って確信してしまったからには、出来ることから始めるしかない。
今、私が現実逃避をしてしまうのは、あまりに、ヴィンスに酷だ。それに、新しい人生、外の世界でちゃんと陽の光を浴びて色々体験したいんだ。
やる事は決めることができた、でも、一つだけ心残りがある。
「……クラリスはどこに行っちゃんたんだろう」
ぽつりと呟いて、考える。
私がここに居るということに科学的な説明はつかないだろう。一旦受け入れているものの、納得も出来ないし理解もできない、でも、そうは言っても、こうして……。
鏡に触れようとすれば、ちゃんとこの右手が動いて触れる。不安になれば表情が動いて眉間にシワを寄せる。
私はここに居る、とこれが私だと実感出来る。
それは理解よりも本能に近い感覚だ。
でも、そうなると、私はクラリスの体に入ったのだから、クラリスは死んだ私の体に入ったという事?入れ替わっている?それか、もしかすると私がこの体に入ったことによってクラリスは、死んでしまった?
死んでしまったというか、消えてしまったというか、それとも幽霊のようになって彷徨っている?
彼女が消えてしまったから、私が入ったのか、私が入ったから彼女が消えてしまったのかということも重要だ。
ガタン……ガラガラガラガラ。
思案に耽っていた私の意識を呼び戻すように、床が揺れるような大きな音がする。私の腕の中にいた猫ちゃんは、音に驚いて即座に飛び降りて走り去っていく。そしてすぐにヴィンスがこちらへと駆け寄ってきた。
「クラリス様っ、どこかにお隠れになってください」
「え、えっ?急にどうして?」
「今日の配給は既に来ております、これは別の訪問者です」
ガラガラガラガラ。
金属の鎖が立てるような音だ。まだ音は続いている。ヴィンスが私の手を取って大きなクローゼットの扉を開く。
……ここに入れと?
私が隠れるとしてヴィンスはどうするのだろう。
それに配給以外の訪問者とはどういう事だろう?様々な思考が巡って、なんとか考えを口に出す。
「ヴィンスは?ヴィンスはどうするの?」
「私が対応致します、クラリス様おはやく」
彼の表情が少し曇ったのを私は見逃さなかった。きっと、あまり良い訪問者では無いのだろう。でも、人なのだから話し合いができるはず、それなら私の方がきっと有利だ、大人なのだし。
ガラガラガラガラ……ガラ、ガコン!
まだ、どちらも隠れていない状態で、何かがきっちり嵌るような音がする。
それから、コツコツと硬い革靴の音が響く。
段々とこちらに近づいてくると複数人いるということが分かる。小さなランプを携えていてその光が訪問者の顔を照らしだした。
……!……なんでこんな所に、こんな人が…………。
原作とは関係なく、私はここを出るのだと先程決めたばかりだと言うのに、決意は簡単に覆される。
絶対に関わってこないであろう人間が目の前にいるのだ。
ローレンス・ヴィ・アウガス。アウガス魔導王国、唯一の王子。そしてクラリスの婚約者だった人。
私は原作の中で、この人が一番……嫌いだった。
小説のビジュアルは最高にかっこよくて、柔らかい物腰に王族を表す翠色の瞳。それから、はちみつのようなふんわりした髪、鋭い眼光に鼻筋はすっと通っている。
一見、優しげに見えるけれど、やっぱり小説の印象通り、その瞳は何を考えているのかまったく分からない。少女漫画のような甘いセリフを吐いたと思えば、婚約者であるクラリスをこんな場所に幽閉する決断もする。
そんな、本性の分からない人物なのだ。『ララの魔法書!』では、もちろんかっこよくて、ララ視点で素敵な王子として書かれていたが、ララの語りを抜いて行動だけ見ると不気味な人物だった。
そうだ、だから私は『ララの魔法書!』があんまり好きじゃなかったのだっけ。男主人公でありながら、まったく底が見えなくて、人間味がなく、面白味も何もない、そんな人物に恋をして頑張るララの気持ちにまったく共感できなかった。だから、つまらなく思えた。
「やあ、久しいね……クラリス。会いたかったよ」
胸焼けしそうな、甘い声で私を呼び、彼は、心から愛おしいようと言わんばかりに頬を染めて口角を上げる。
小説のビジュアルだけでも、容姿が整っていて、その部分だけは魅力的に見えたが、動いて喋って、笑顔を作る、そんな些細なしぐさだけでも映画のようにかっこよく決まっている。
私はこんなに、かっこよくて全てが完璧な人に前世でも会ったことが無い、クラリスが惚れ込んでいた理由もわかる気がする。
まあ、私が今ときめかないのは、前記した通り、その完璧さに、不信感しかないからなのだが。
彼から視線を外すと後ろには男性が一人、この人も確か物語に出ているはずだ。
ヴィンスを後ろに庇うように移動して、ローレンスに視線を向ける。どれだけかっこよくても、所詮は同い歳だ。ヴィンスが警戒している様子だったけれど、やることなんてたかが知れてるだろう。なにしに来たか知らないが、お帰り願おう。
この体のクラリスだって彼と私が仲睦まじくすることを望んでなんていないだろう。
「そう警戒してくれるな、いくら私でも心は傷つくよ」
私の態度を見て、ローレンスは、まるで悲劇にあった男のように、今度は儚く悲しい表情を浮かべる。そんな彼のためにか、ローレンスの後ろに居た男が前に出てきて、ローレンスを睨む私の視線を遮った。それからさも忌々しいとばかりに舌打ちをして腰に携えている剣をぬきつつ、片手で私を小突く。
「罪人の癖になんだその態度はっ!?跪いて頭を垂れよ!!不敬であるぞ!」
「良いコンラット、きっとクラリスは私の情愛が自分以外に向いてしまったことを憂いて疑心暗鬼になっているのだ、本来であればこの子は、とても従順だった、ねぇ、そうだろう、クラリス」
私は、否定は許さないとばかりのローレンスの問いかけを無視して、目の前のコンラットを睨みつける。この男は確か、一番最初にララに篭絡された男だ。現時点でも彼女に陶酔しているのだろう。
背後のヴィンスが私の服の裾を掴んで小さく引く。
「ですが殿下!この者はララを貶めようとしたのですよ!本来なら死して詫びても足りぬというのに」
攻撃というよりも、私を脅すことが目的のようで、強い言葉で、怒鳴りながら、キラリと銀色に輝く剣を私に触れそうなほどに近くに差し向ける。ランプの光を反射する銀色の刀身は、まごうことなく本物の刃物だ。
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