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新章開幕……? 3
しおりを挟む他人を抱えて走るという、前世では、一度でもありえないような経験をしたせいか。心臓がバクバクとうるさい。
意味もなく手が震えて、ヴィンスの血を拭うために濡れタオルを用意する過程で一度水桶をひっくり返し、謎に二度ほど何も無いところで躓いて転んだ。
それも部屋の中でだ。
自分の異常をわかっていつつも、ヴィンスに触れるために魔法を解く。寒くも無いのに歯の根が合わず、誰もこの場にいなくて良かったと思う。
……心配させてしまうと思うし、何より、情けない。
……脅されたからって何よ。わかってたことじゃない。私はこの世界に真っ当に生まれてなんかいない。存在が危ういことぐらいわかっている。
わかっていたはずなのに、言いようのない恐怖が体を支配して、今すぐに何かをした方がいいような焦燥感に囚われる。
「ヴィンス……っ、」
痛々しい、彼の頭の血をゆっくりと拭っていく。彼の緑の髪に真っ赤な血がよく映えている。存在を際立たせるようで白いタオルに赤がこびりつく。
濯いでも濯いでも水が赤くなるばかりで、目の前がグラグラしてくる。
ある程度のことろで作業をやめて、ベットの前で膝をついた。不安で不安でたまらない。クラリスは、最終手段だとは思うが、私を消す心づもりがあるのだろうか。
それは、殺されるのと同意義だ。そんなの怖い。
……エリアルにあんなふうに接さなければ良かった?少しでも、あちらに利益があるように動くべき?私はどうしたらこんな怖い思いから開放されるの?
思わず頭を抱える。カタカタと手が震えてそれを認識しないように自分で自分の手を強く掴んで、力を入れた。
痛い、爪が食い込んで、皮膚が痛い。でもその痛みが何故か、自分を鮮明にさせるような気がしてやめられない。足も引き寄せてうずくまるような体勢をとる。涙が出てくるのは、きっと痛みが酷いからで、私が弱いからじゃないと言い訳をした。
目が回る。自分に酷いストレスがかかっていることは理解できて、こういった事は、前世ならカラオケに行ったり映画を見に行ったり、好きな事をして発散してきた。
でも、これはそんな類で簡単に消されるものじゃない。きっととても時間がかかる。でも、私は今日明日中にでも、消えてなくなってしまうかもしれないし、そうなったら私は本当に死んでしまう。
……死んだらどうなるの?前世の世界で生まれ変わるとか?それともこの世界?そもそも生まれ変わりなんて、私は信じていなかったじゃん。死んだらそれ以上でも以下でもないんじゃない?
「ッ……ぁ……っ、あぁ……っ、っふ」
考えれば考えるほど、恐ろしいことしか浮かばず、声を漏らして泣く。こんな事に意味なんて無いとわかっているのに、涙はとめどない。
「く、……ふ、……うぁ……っ、」
……私は自業自得なの?じゃあ何?私はエリアルにあんなに酷い事をされても文句を言ってはいけないの?
脈絡のない言葉が次々に出てくる。
そもそも、暴力を振るう人が悪い。あんなの誘拐監禁だよ。警察だ。悪いに決まってる。
エリアルは私に謝ったじゃない、あなた達は悪いことをしているって自覚はないの?どうしようもないって言いたいの?私は素直に従うべきなの?
嫌だ……嫌だ、絶対。だって私は、一回目に死んだ時に思ったんだ。真っ赤な景色の中で、なんだったんだろうって、自分の人生を疑問に思った。
……そんな思いはもう……嫌なのに!
「っ……はぁっ、ぁあ!……っ~」
少し大きな声を漏らしてみたけれど、ヴィンスは深く眠っているようで起きたりしない。良かったと思う反面、起きてくれてもいいとも思う。
苦しくてどうしようもない今を乗り越える何かが欲しい。怖くてどうしようもない今をどうにかしたい。
けれど、そんなに都合よく、私が安心できる人間が現れる訳も無い。わかっていても、そんなタイミング良くわざわざ私の部屋に来る人間など……そう思っていた、本当に真っ只中だった。
カツカツと誰かが廊下を歩く音がする。
こんな時間に……ベラか清掃員だろうか。寮には雇われている掃除婦やコックなど様々な人がいる。彼らのうちの誰かだろう。
知らない人間に泣き声を聞かれるのも嫌で、ぐっと歯を食いしばる。
すると、その足音は、立ち去ることは無く、私の部屋の前で止まって、きっちり閉めていた部屋の鍵が勝手に開いて、扉を開ける。それだけですぐに誰だか見当がついた。
…………あぁ、……最悪だ。
そうだ、多分、彼はそういう星の元にでも生まれたのだろう。ララにも同じようなことが起こっていたっけ。
凹んでいる時に、都合よく現れて、甘い言葉を囁く、悪魔みたいな人なのだ、彼は。
「……」
今更取り繕うことも出来ずに、私はうずくまったまま、出来るだけ小さくなる。ローレンスの事だ、何かしら辛辣な事を言ってくれる可能性だってある。
……そしたら……そうしたら、私はどうするだろう。それはそれで、無様に当たり散らしてしまいそうだ。
考えつつも止まらない涙を流し続けて、鼻をすする。
彼は、私の背後でしばらく沈黙した後に、自分の手を思い切り握っている私の手に触れた。
急に触ってくるとは思わなかったので、驚きから力を緩めると、するりと手を取られ、握られる。
その手を握ったまま、彼はしゃがんで私の乱れた髪を耳にかけた。少し、覗き込まれて目が合う。何を考えているかは良く分からない。
けれど、ふと悲しげに、まったく本当に、私を哀れんでいるみたいに眉を寄せて、ぽつりと言う。
「そうして、塞ぎ込んでも辛いだけじゃないかな」
なんの打算もない、感想みたいな言葉で、理由を問うでもなく、安否を問うでもなく、言われた言葉に、その通りだと肯定したくなった。
「ひとりでそうしていると、気が触れてしまうよ、クレア」
滅多なことがないかぎり、王子様みたいな恵まれた生まれで、なおかつ十五年しか生きてない人間に理解出来る程度の恐怖では無いとおもうのに、言われた言葉にはなんとなく説得力があった。
「…………誰かを呼んできてあげようか。そのかわり後日、私の所へ来ることを約束してもらうけどね」
彼は自分が慰めてあげようかとは言わなかった。いつもいつも、自分自分な癖にこんな時ばかりは、私の事を考えてくれるらしい。
後日、彼の元に行くぐらいは、まったく、全然構わない。来いと言われたのなら、別に行ったっていいのだし。
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