143 / 305
夏休み早々……。7
しおりを挟む森を抜けると、日差しに視界がくらむ。そういえば、あの場所に行くまでに往復一時間、一切水分補給をしていない。私がヴィンスの方を見やると、彼は水筒を取り出して私に差し出してくれる。
今日は、意志をくみ取ってくれたな、なんて偉そうな事を思いつつ、それを口にして、グラウンドから、寮までの距離を考えた。
この暑さと私の体力的に、寮に戻るまでにへばってしまいそうだった。
……ヴィンスに運んでもらうもの申し訳ないし、魔法を……。
「ねぇディック」
「ん、なに?」
「そういえばさっきも言ってたけどさ、エリアル達に情報提供しているのって貴方なんでしょ?」
「……そうだよ」
「私達が何をされたかディックはしってる?」
なんとなく喋りだしたが、無言で歩いている時よりも、随分と、足が軽い。これなら面倒な魔法を使わなくても、なんとか寮まで持つかもしれないし、持たないかもしれない。微妙だ。
「それは……」
…………ひとりじゃ使えない固有魔法って色々と面倒なんだよね。魔力を奪い取るにしても、ヴィンスは何も文句を言わずに応じてくれるが、申し訳ないのだ。ディックに話の流れでお願いできないだろうか。
彼を見ると、少し思い詰めたような表情で、無言で歩いている。
それから、彼は何故か無言を貫き、私は気力で足を動かし、彼がなぜこんなに無言なのかと考えながらとことこ歩いていると、思っていたより早く寮の前に到着する。扉が空いていて、ベラが玄関の掃除でもしているのかなと考えた。
するとグッと、ディックが私の手を引く、何事かと思ったが、彼は決意したように、言う。
「後から、知ったんだ。……エリアルは君の事をよく話題に出すから、てっきり、酷いことはしないと思ってた。でも、次の日にも寮で見かけた時、酷い傷が見えてしまって」
「え、……そ、そうね」
……そういや、隠してなかったな。
あれ?ってことは、つまりは、ローレンスにも見られてたし、なんなら寮食の時にも、もしかして皆に見られてた?あ、なんだろう今更恥ずかしい。
だってあれでしょ、あの、なんか如何にも拘束具っぽい痣でしょ?魔法を一回でも使えば簡単に治ったのに、それもせずに私は、なんとなく出歩いてしまったしなんなら、すっかり忘れていた。
だって別に鎖骨の傷以外は痛くなかったし、それに、魔法を使って治すという発想が、前世にまったくなかったので、傷心そのまますっかり忘れてしまっていたのだ。
「オスカーもすごく心配していて、僕のせいだなんて言い出せなくて……だから、クレア。君がされた事と同じだけ、僕に酷いことしても……いいよ」
すごく誠実な申し出に、瞳を瞬く。不安と後悔に揺れる瞳と目が合って、なんとなく彼の髪に触れた。
それでもディックは私をじっと見ているままで、いつもつんつんした所ばかりの彼が、こうして、しおらしい態度を見せるのが珍しくて少し意地悪をしたくなった。
……私がされたことと言うと、これになるのだけど、私の固有魔法を報告したディックなら想像がついているだろうね。
近づいて、彼の魔法玉と自分の魔法玉を触れ合わせて、魔力を込める。
「くっ、……うっ」
少し声をあげて、表情を歪める。
すぐに魔力を止めて微笑んだ。こんな程度だったよ、と言おうと思ってそうしたのだったが、バシッと手が払いのけられて、ついでにディックが私の手の届く範囲からパッといなくなる。
「クレアッ」
ヴィンスの声がして、私は彼にいつの間にか体を支えられていた事に気がつく。
「え?……ん、あれ、どういう」
視線だけで、状況を確認しようとすると、ものすごく驚いた顔のディックと彼の肩を抱くオスカーが目に入った。
「どういう事だっ!?」
「……オスカー、貴方なんでいるの?」
「そんな事はどうだっていいだろ、ディック!!俺は今の話ひとつも聞いてねぇぞ」
彼は、先程の話を聞いていたようで、ディックを魔力をまとった瞳で睨みつける。急に現れた彼に、ディックは状況を把握しきれて居ないようで、それでも聞かれては、まずいことを知られてしまったと顔を青くさせる。
「何とか言え!!それにお前も、なんだが知らないがな、こいつに非道を働いてみろ、俺は許さねぇぞ」
「……ち、違う、から、オスカー」
「何が違う?言ってあったろ、お前を守るって、それがなんだ?まさか、クレアに無理強いを俺が何も言わないと思ってたのか!?」
ディックを怒鳴りつけるようにして、オスカーは彼に怒気を向ける。ディックは弱っているからか言い返すこともせずに、眉を下げて瞳に涙を浮かべた。それをじっと見て、オスカーは怒りに支配されたまま言う。
「……ああ、それほど、クレアが怖かったんだな、大丈夫だ、俺が話をつけてやるからな」
「あ……ちが、そうじゃ」
「じゃあなんだ、言ってみろ。まさか俺が怖いわけじゃないだろ?」
オスカーはディックに額をくっつけて、じっと彼を睨む。ディックは、オスカーがいないとぶっ倒れるような子だ。そして意外にも、義理堅いし、誠実だし、いい子である。そして多分、素の状態は精神的にあまり強くない。
「オスカーやめなよ、事情は説明するから」
一応、事の発端となった身として、私は声をかけてみたが、手を出されたら面倒だと考えつつ、一歩ヴィンスの後ろに下がった。
「お前は黙ってろ」
ものすごい剣幕で言われて、これ以上はよろしく無いと思い、口を閉ざす。
なんだが面倒なことになったなと思い、先程ディックに少し意地悪をした自分を恨む。
……私も悪いね。
「なぁ、ディック、お前、俺に秘密にしてたことがあんのか?」
「ない……ないよ」
「じゃあさっきの話はなんだよ?いえねぇのか?」
「い、いえな、い」
「そうかよ、ディック。随分血色いいじゃねぇか、俺がわざわざ帰ってきてやったのに、いなくなったら途端鞍替えかよ」
「ッ……う」
「おいおい泣くなよ、なんならあいつに慰めてもらうか?なんか秘密も共有してんもんな」
ドスの聞いた声でオスカーはディックを詰り、噛みつかんばかりの剣幕でディックを揺さぶる。それからオスカーはパッと手をはなし、軽く、ディックの肩をこずいた。
それだけに見えたのだが、二、三歩ディックは後退して、そのまま崩れ落ちて、尻もちを着いた。
……な、なな、なんだこれ。どういう喧嘩だ。
オスカーはディックのそばまで行って彼の髪をわしっと掴む。
「ディック、俺に何も言ってねぇことにも怒ってるけどなぁ」
そのまま、しゃがんで、ディックの顔を覗き込む。
「お前が自分を安売りしてんのも腹立つんだわ」
言っている事は、まともと言えば、まともな気がするが、風貌はDV現場である。ドメスティックバイオレンスな状況だ。
今にもオスカーがディックを殴らないかとヒヤヒヤしてしまって、手に汗握る。
20
あなたにおすすめの小説
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。
なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。
超ご都合主義のハッピーエンド。
誰も不幸にならない大団円です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!
夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。
挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。
だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……?
酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。
※小説家になろうでも投稿しています
幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる