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40 覚悟
しおりを挟むエントランスの大きな扉は開け放たれていて、仁王立ちしているクライドの姿があった。
扉を守っている騎士たちはとても困り果てた顔をしていたけれど、そんな彼らもクライドのその姿に文句も言えずに萎縮している様子だ。
なんせ彼は、血にまみれていて、美しい華やかな金髪も真っ赤な血液で彩られ、いつもより格段に眼光が鋭い。
まるで野生の獣のように空気が張りつめていて、彼を見た途端にルーファスは立ち止まって言った。
「それでは、ウィルトン伯爵、今日はありがとう。先ほど話をしたように急になるけれど、緊急の上級貴族を交えた会議は二日後に予定されているからそれまでに準備を整えてね、じゃあ、私はほかにもやるべきことがあるから」
そう言って、くるりと身を翻し、立ち去ろうとする。
しかしハリエットは違った。少しでもシェリルと話をする機会をうかがっているようで、ルーファスとともに立ち去らずに彼が去るのを横目で見つめた。
「ハリエットも、君とも今後の予定を詰めてきたいから早く来るように、もうこれ以上ウィルトン伯爵を引き留めるようなことはしないでね」
「……はい、ルーファスお兄さま、では、シェリル。わたくしは…………あなたを信じていますわ。ケアリーの支配から救ってくれたあなたの、生き方を」
「ありがとうございます。ハリエット王女殿下」
彼女の言葉を心強く思いながらもシェリルは、急いでクライドの方へと駆けた。
その金の瞳は見るだけで人を射殺すことができそうなほどで、でも恐ろしいとシェリルは思わなかった。
きっとシェリルが丁度いなくなった時にやっと一度帰宅できたのだろう。そのタイミングでいないことを酷く心配したに違いない。
しかし彼もシェリルが魔獣に襲われないことなど知っているはずなので元気な姿を見せれば、王城にいてもなにもなかったと示せると思った。
「帰ろう」
けれども短く言う彼はシェリルの手を取って、止めていた馬車に急いで乗せる。
「ええ、それはもちろん」
すぐに走り出した馬車の中で、二人きりになり、馬車の屋根を打つぽつぽつとした雨の音と馬車が走行するガタゴトという音だけが響いていた。
「……」
「……」
シェリルは彼の方こそ無事なのか、その血の中に彼自身の血は混じっていないのかと疑問に思うし、実際にどんな戦いだったのか、帰ってきても大丈夫だったのかとたくさんのことを聞きたい。
しかし、切り出せるような雰囲気ではなくてクライドの言葉を待った。
ふわりと血の匂いがして、雨のじめじめとした空気に気分は重たい。
クライドはたっぷりと時間を空けて、それからやっと口を開いた。
「……それで? なんだ今更、あの像がどうにかなったから、シェリルに役回りが回ってきたとかそういう話か」
苛立ちを必死に抑えているような声で、どうやらクライドはそういう方向性の話になることを、予測していたらしい。
シェリルはああしてルーファスと話をするまで、その可能性はハリエットがいる限り些末なものだと思っていたが、この可能性は大いにあったことだ。
そういう血筋であり、長年の歴史がある。
アルバートに変わったところで、王族がその役目を背負うわけじゃない。なにかあってシェリルの名前が一番にあがることをクライドが懸念していてもなんの不思議もない。
「おおむね、そういう解釈で間違っていないと思うわ。ルーファス王子殿下の言い分からすると」
「それであの様子なら、もちろん君は、順当なことだと納得して手を取り合ったわけだな。君は納得できることならやれるのだから。俺だってそれは知ってる。端からわかってた」
「ええ、覚悟は決まっているの。このセルレアン王国のこの血筋に生まれた以上、生まれた時から背負っているものがあると思うもの、それで受けた恩恵だってあるわ」
「ははっ、そうか。君はどこまで行っても君だな。俺は……」
そうしてクライドは言い淀んで、やっとシェリルの方を見た。その表情がどんな感情を表しているのかわからない。
「俺は……な」
しかし、ここはシェリルから言うべき場面だろうと思い立って、その落としきれていない血が残っている彼の手を向かいから伸ばして取った。
「でも覚悟をして望むぐらい、勝算のある賭けなのよ。クライド。私は、あなたとの未来を一番いい形で、誰にでも誇れるような形で迎えたい。それが私があなたを愛していることの証明だから」
強くその手を握る。
彼が多くの人を守りたいと願って、その中でシェリルを一番に置いてくれて、きっと幸せにしたいと願ってくれていることを誰よりも理解している。
そしてシェリルも、そんな彼が誇らしくて、大切でそしてなんの負い目もなく彼のそばにいたい。
シェリルの言葉にクライドは、目を見開いて、そんな彼を安心させるように言葉を続ける。
「私の生まれは、とても大きなものを背負っている。それにこうだったからあなたに出会えてあなたに大切に思ってもらえて、私は今こうしている。だからそのすべてを否定して無視することはできない」
「……」
「けれどこれからを変えることならできるはず。それがきっと平等な形で偏りのない正しい形だと思うから。でも今は、昔の歪んでいてもよかった形に執着して、今まで通りの恩恵を受けるためにあたかも私と同じような立場の顔をして今までの契約を続けようとする人がいる」
それがルーファスの話を聞いてとても強く思ったことだった。
彼が次期国王として権力を握って暴論を振りかざしている間は、きっとその背負ったものから逃げることができない。
「だからこそ、賭けになっても変えたい。私はあなたが安心してそばにいてくれる未来が欲しい。いつも心配をかけてごめんなさい。でもけじめをつけないことには新しい道を切り開くことはできないと思うから」
「……それでも、心配だと言ったら? 俺は君のそんな強いところも好きだ。でも同時に苦しくてたまらなくなる。シェリル」
引き寄せられて、彼の膝の上に乗り上げるようにして抱きしめられた。
こんなに健康になったって、彼に抱かれるとすっぽり覆い隠されてしまいそうなことだけは変わることはない。
「なら、二日後、一緒に来てほしいのよ。クライド、そうしたらもしかすると彼には効果があるかもしれないから」
「君は本当にブレないな。悲観的になって涙を流すことも怖いと言って泣きつくこともしてくれないし。その逞しさが本当に俺は恨めしく思う」
「ふふっ、そんなことをしても呆れないでくれるなんて嬉しいわ」
「呆れることなんて、ないからそうなってくれ」
「善処するわね」
クライドはシェリルのことをきつく抱きしめて離すことはなく、ウィルトン伯爵邸に到着したあとも、そのまま抱き上げて屋敷の中に入ったのだった。
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