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52 手記
しおりを挟むそれからというもの、忙しい日々が続くことになった。
これからの方針を国として定めて一丸となってやっていくことは変わりがないが、今までの体制を変えるためにはたくさんの仕事が必要になり、その間にも魔獣は襲ってくる。
クライドは、今まで以上に騎士団の本部や戦いに赴く場合が多く、シェリルはハリエットとともに新しい魔法具の制作に時間を割く。
合間にアルバートの裁判が行われて、王族ということもあって処刑ではなく、監獄に送られることに決まったり、ルーファスは人前に出ることが無くなって存在感が薄くなったりした。
アルバートの件はそう決着がつくのが妥当だと思ったが、ルーファスが抱えていた仕事が滞り、ハリエットが猛烈に忙しくなったことは少々大変な事態だった。
魔獣の対応をしていたサイラスやロザリンドも自分たちの仕事を止めて対応していたので、戻って公務の割り振りから考え直す必要があった。
その間に魔獣を引き留める役をシェリルがになったりと、それはもう山ほどの事態が起こって、忙しなく対応していった。
魔法具が完成しても正常に動作しなかったり、動作しても扱える人間が限定的になったりと予想外の事態も起こったりしてセルレアン王国はてんやわんやである。
落ち着きを見せ始めたのは、三ヶ月ほどたった頃で、ちょっとしたお茶会を開ける程度には安全が確保できていた。
「ええ、それはもちろんですわ……協力がなくては…………祈る気持ちも大切になってくるのですわね」
安全は確保できるしお茶会は開けるようになったが、ハリエットの忙しさは正直とどまるころを知らない。
彼女はシェリルと話しているといつの間にか、シェリルのそばにいる精霊と話し始め、魔獣に対抗する魔法具の改善策を話し合う。
そんなことはここ最近よくあることだったので、シェリルは、お茶菓子を口にして、それからセラフィーナとキャラメルへと視線をうつした。
キャラメルというのは、シェリルがエルウッド公爵をぎゃふんと言わせるために捕まえてきた小さな犬の魔獣だ。
目的を達成してウィルトン伯爵家に戻り、それからそばを離れると狂暴化してしまうので、そばについて適宜魔力を与えていると、人間に懐くようになった。
そうして従順にしていれば魔力をもらえることを学んで今では芸もする。
とても賢く、シェリルから離れてもその本性を出すことはないが、その本性を忘れるつもりもないし、一度餌となる魔力を与えたからには最後まで面倒を見ようと思っている。
なので名付けた。
真っ赤な瞳に、茶色の毛並みを持っていたので毛並みの方を取ってキャラメルだ。
本性を出すと、キャラメルという名前にそぐわない姿になるが、ずっとその愛らしい姿でいていていいほど国が平穏に包まれたらいいなという意味でのキャラメルである。
「はい。まて、ですよ。キャラメルちゃん、まって」
「わう、あうっ!」
「そしたらぐるり、そう。いい子ですね、はいおやつです」
キャラメルはセラフィーナの指示をしっかりと聞いて、ぐるりと一周してどうだと彼女を見る。
すると彼女は相好を崩して自作したクッキーを差し出し、キャラメルはカリカリと音を立てて食べ始める。
食べ終えるとキャラメルはシェリルの元へと戻ってきて、おいしさを伝えるように「あうあう!」と鳴いて訴えてくる。シェリルはそんな彼の頭を魔力を込めながら撫でた。
魔獣の主食はもちろん魔力だが、普通の味覚も食欲もきちんと持っていて元になった生き物の食生活に合ったものを好んで食べる。
「シェリルお姉さま、キャラメルちゃんはとってもいい子ですね。この子が魔獣だなんて本当に信じられないぐらいです」
「そうね。でも、セルレアン王国以外では魔法使いが小さな魔獣を使役していることも多いようだし、案外危険なだけではない子たちなのかもしれないわ」
「たしかに、そんな話も聞いたことがありますね。使い魔なんて憧れてしまいますけれど……今はまだ、魔獣に対する世間の目も厳しいですしハリエット様もお仕事がたくさんで難しいですが」
セラフィーナはクッキーの残りをしまってそれからハリエットの方へと視線を移す。
書類にメモ書きをしている彼女はとても真剣で、やはり次期国王に彼女を推したのは正解だと思う。
ケアリーの件もあったし、ルーファスの件、そしてエルウッド公爵の件その三つのことでシェリルはそれなりに王族に恩を売った。
その褒賞もまとめて考えておいてほしいと以前言われた時、その時には既に答えは決まっていて、それはハリエットを王太女として定めることだった。
消去法的にハリエットが選ばれて、すでに多くの貴族からそう目されているのは事実だったが、シェリルは彼女でいい、ではなく彼女がいいと思った。だからこそ、そうしてもらうことを褒賞として要求した。
今はまだ正式な任命はされていないけれど、今回の件での彼女の功績が認められれば、きっとサイラスとロザリンドならばシェリルの願いを聞いてくれるだろう。
「そうね。落ち着いたら今度は、王位継承者の話もあると思うし、しばらくはセラフィーナも大変ね。……ロザリンドお姉さまのことも家族の代表としてやり取りをしているのよね?」
「はい。一応、無事は確認していますから、お気になさらず。どれほど時間がたっても気分のいい話ではないと思いますから」
セラフィーナの言葉に、そんなことはないとシェリルはすぐに返したかったけれど、ロザリンドのことを思い出して、クライドに言っていた言葉を考えるとどうしてももやもやしてしまう。
結果的にクライドとの仲を深めるきっかけにはなったけれど、クライドに言ってた言葉や態度に、シェリルは今更危機感を覚えてしまうのだ。
シェリルの知らないところでも、誰にもクライドを取られたくはないし、彼の一番でいたい気持ちが強いからこその気持ちの変化だった。
「ありがとう。セラフィーナ、思うところはあるけれど魔獣に襲われていてほしい人なんていないもの」
「その通りです。いくら嫌な人でも、ですね」
「ええ」
そうしてセラフィーナとの会話がひと段落すると、ハリエットがメモを取り終えてから顔をあげて、苦い笑みを浮かべた。
「中断してしまって申し訳ありませんでしたわ。今日は、このために伺ったのではありませんのに」
「いいえ、お気になさらないでください。ハリエット王女殿下。セラフィーナとキャラメルと遊んでいましたから退屈もしませんし」
そう言って、キャラメルを持ち上げて彼女に見せる。
すると彼女はキラキラとした瞳を向けて、にっこり笑ってしまいそうなのをこらえているような表情をして「触ってもいいかしら」とシェリルにではなくキャラメルに聞いた。
その言葉の意味をキャラメルは理解できていなさそうだったけれど、伸びてきた手に自分で頭を押し付けていたので問題はないだろう。
「……不思議ですわ。ほんの半年前までは、魔獣のことなんて見たこともない不思議な生き物で、でもその危険性を知って恐ろしくも思って、でもそれだけではない人との関係性もあって」
ハリエットはキャラメルの頭をなでながらもしみじみという。
「それは精霊様も同じことで、わたくしは当たり前の常識を知っていて十分に大人で、後は立派に公務を務められるようになるだけだと思っていましたの。でも今はまだまだわからないことも知らないこともあると知っている」
「あう~」
「これからもたくさん新しいことを知っていくのでしょうね。そんな未来がわたくしは楽しみですわ。シェリル」
「そうですね。理解しようとしなければ、分かり合う道も協力する道もありませんから、知らないことを知っていくのは大切なことだと私も思います」
彼女の言葉にシェリルは深く頷いて、言葉を返す。
誰かの苦悩も、誰かのつらさも、理解しようとして知っていかなければ痛い目を見ることになるし、その関わり方に歪みが生まれる。
今だって、こうして変わっていくことが果たして正解なのか、キャラメルとシェリルの関係も、精霊と人間の関係も正しいものかわからない。
でも、些細なことだと思っても無視せずに、理解しようとしていけばきっと大丈夫だろう。
それがシェリルがここ最近思う、あの役目を抜けてからの教訓のようなものだった。
「そのとおりですわね。……それで精霊様との会話をまとめた記録をきちんと持ってまいりましたわ。膨大な数になるけれどかまわないかしら?」
「はい。それらを纏めて、元ウォルフォード伯爵として手記に残したいんです。いつか、この記録も誰かの役に立つものになると思うので」
そうしてシェリルはハリエットから記録を受け取って、今までの出来事と共に元ウォルフォード伯爵の手記として纏めることにした。
代々つないできた役目は終わりもう、あの屋敷で退屈と苦痛にさいなまれながら暮らす人間はいない。
それでも、自分を助けてくれたものを残してつないで、きっとなにかを残せたらいいと思う。
それが誰かが誰かを理解したり思いやったりするために、ほんの少しの助けになることを願って。
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