酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸

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 カラリとした秋晴れの空を眺める。雲がなく深い空の青が広がっていた。

 パシャンと水を蹴り上げると、水面が揺らいでキラキラと太陽の光を反射する。

 普段はすっと凪いでいて、つねに泉の底が見えるほど透き通っているのにバシャバシャと足をばたつかせると、ちらちらと光を反射するのが楽しくなって、水しぶきが上がるのも気にせずに年甲斐もなく、リディアは足を動かして遊んでいた。

「リディアお嬢様、ドレスの裾が濡れてしまいますよ」
「良いんですの! だって、変えのドレスは山になるほど持ってきたのですから一日に二回着替えるぐらいがちょどいいですわ」
「ふふっ、それはとても良い心掛けだと思いますが、一日に二回もドレスを着替えるのは疲れませんか?」

 言いながらもロイはハンドタオルを手にして、リディアの元へとやってくる。

 芝生に膝をついてリディアにタオルを手渡してそれから、ドレスの裾を整えて水面につかないように移動させた。

 リディアはそんな風に何に対しても丁寧な彼に、子供心から水を掬ってかけてみたくなったけれど、流石にそれは大人げない。

 一人で自然を満喫するのは個人の自由だが、見守っているだけのロイにも泉で遊ぶことを強要するのはナンセンスだ。

 ……それでも少しぐらいは水に触れてもいいと思うんですけれど、ロイはいつもきっちりしてますものね。

 リディアは、ロイが部屋着でうろうろしているところとか、寝起きでぼんやりしているところを見たことがない。これほど何年も一緒にいるのに着替えもしたくないような適当な一日が彼にはまったくないらしい。

「……」

 可愛い琥珀色のロイの瞳はいつもぱっちり開かれていて、常にリディアの要望に応えてくれる。

 それが彼の望んだことだとしても、少しぐらいは隙を見せてほしいと望んでしまう気持ちがあるのだった。

「……最後に会いに行かれなくて良かったのでしょうか?」

 ロイはリディアを見つめていたその瞳を伏せて、まつ毛が彼の瞳に影を差して曇らせた。

 芝生に手をついて足を崩して座り込み、気落ちした様子でロイは続けていった。

「ディアドリー様、きっとこれからも沢山苦労をされると思います」

 そこまで言われてやっとロイの言ったことの意味がわかった。

 先日、ハンブリング公爵に魔草でできたマグワート酒を飲ませて、それから、放心してしまった彼を使用人に解放させてエルトンの方とリディアは仕事の話をした。
 
 しかし、その瞳はどこか敵意を持っていて、何をするわけでもないし、きと彼は何もできない男だが、不興をかったのは事実だった。

 それでも仕事が出来れば文句はない。リディアは話を纏めて、彼らは今日、このルフィア村を出発して帰路に就く。

 だからこそ、最後にディアドリーに会っておいた方が良かったのではないかと言ったのだろう。彼女の事を案じて。

 ……その理屈はわかりますけど、もうできることは何もありませんわ。

 リディアは大義名分の為だとか、ディアドリーが可哀想で彼女を助けるために、ハンブリング公爵にあんなことをしたのではない。

「苦労したとしても自分事ですもの、自分の力で何とかするしかないわ」

 行動を起こしたのはリディアがただ貶められて、腹が立ったからだ。

 そして正当性があったからやった。しかし、ディアドリーの問題をすべて解決する正当性もなければ道理もない。

 だから、自分がスッキリしてこの話は終わりだ。これ以上は何もない。

 しかし、そう考えているという事実を今、ロイに言ったら、ロイはどう思うだろうか。

 心配している様子だし、もう何もするつもりも道理もないと言ったら、薄情な人間だと悲しまれるかもしれない。

 さすがにロイがそういう風に言ってお願いしてくるのなら、案を講じるのもやぶさかではない。

 ……ロイが気を揉んでしまうからという事だったら……。

「……そうですね。人に励まされたりしなくても、自身の事は自身で解決しようと思えるはずですね。……余計なお世話でしょう」

 リディアの言葉をロイは自分の尺度で解釈して、リディアもディアドリーは前向きに努力をできると信じていると受け取ってそんな風に言った。

 若干ニュアンスの違いから、リディアはロイが心配と優しさから最後にあって激励なりなんなりをするつもりだったのだと理解して、合理的なだけの自分の頭をどうにか優しい女の子に切り替えた。

「そ、そうですのっ! きっと彼女は大丈夫ですわっ」
「ええ」

 焦りつつもそういうリディアにロイは、にっこり笑って同意した。それからふと疑問に思ったという様子でリディアに問いかけた。

「ところで、リディアお嬢様はディアドリー様が妊娠していらっしゃるといつ頃気がついたのですか?」
「あら、初めて会った時から妙だとは思ってましたけど……確信を持ったのは、ルシンダにお願いをして、彼女に直接夕食のメニューを確認に行ってらった時よ」
「到着日の晩ですよね」
「ええ、それまでの言動でもしかしてと思っていましたけれど、エルトン様とハンブリング公爵の行動がどうにもそれを知っている方の動きではありませんでしたから、食事のメニューも一応本人に確認すると、妊娠中に口にしない方が良い物ばかりを指摘されましたわ」
「……なるほど」
「ですから、そのことを引き合いに出してハンブリング公爵を説得したいと言う旨をその翌日に伝えて……というわけですの」
「私も夢中になって準備していてすべての状況を把握していませんでしたが、やはりリディアお嬢様は……素晴らしい判断能力をお持ちですね」

 ロイに直球に褒められてリディアはまんざらでもなかった。

 しかし、あからさまに喜ぶのもなんだか、気恥ずかしくて「それほどでもなくてよ!」と何でか声を大きくして言ったのだった。




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