酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸

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 ロイが部屋から出て行った後で改めてエイミーを見ると、彼女は座り直して背筋をきちんと伸ばした後に、真隣にいるリディアの方へと体を向けて、ゆっくりと深呼吸をした。

 それから、ゆったりとおろしている綺麗な赤毛をさらりと後ろに流して、悲しいとも、苦しいとも……将又愛おしいとも取れる様な難しい顔をした。

「実は、私は……私も結婚、したんです」

 テーブルに置かれた間接照明が彼女の薄く色着いた頬を照らしていて、リディアはあの子供っぽいエイミーもこんな顔をするんだと意外に思った。

「……それは、おめでとう」

 リディアは驚いたと同時に妙に納得した。あのロイに対する距離感のある態度は、旦那がいるゆえの線引きだったのだ。

 それは確かに大切なもので、女性らしい慎ましやかさというのは男性を異性だとキチンと理解してから得るものだ。

 そんなものとは無縁だった聖女である彼女は、いつだって誰だって男も女も関係ないという風だったが、異性であるからこそ完成する夫婦という関係性に学ぶものがあったのかもしれない。

 そしてそのお相手が誰なのか、どういう経緯でその人と結婚することになったのか、と根掘り葉掘り聞きたくなった。

 しかし、聖女の結婚など本来なら貴族であるリディアが知らないはずもない事項だ。

 公にはされていない事実でこれから、然るべきタイミングで公表されて盛大なパーティーなどが催されることだろう。

 この事実を先行して知ることが出来たのは大きい。今のうちに儀式に使う大量のワインや平民への振る舞いの為に焼かれるパンの為の小麦などを買い占めておけば大儲けできる。
 
 ……それに間に合うようにマグワート酒の流通を始めれば……ではなく!!!

 またまた、損得の方へと頭が切り替えられてしまってリディアはすぐに自分の頬を思い切りひっぱたいて友情の為に頭を回転させた。

 しかし、バチンと大きな音を鳴らして頬を叩いたので、エイミーはびくっとして「大丈夫ですか?」と心配そうに聞いてきた。

「ええ、大丈夫よ。よこしまなわたくしを追い出しただけですわ」
「自分を傷つけるのは駄目なんですよ。リディア」
「わかってますの! それより、結婚したから何なのかしらッ」

 聖職者の説教のようなことを言われなくとも、リディアはリディアの事を一番大事にしているので問題はない。それよりもエイミーの事だ。

 そんな気持ちが焦ってしまって、リディアは食い気味にエイミーに問いかけた。

 するとエイミーは急に逆切れしたリディアに驚いて、勢いにまかせて羞恥心を忘れ、声を大にして言ったのだった。

「け、結婚して初めての夜のまぐわいを飲酒の上で求められたんです!! 私、それがもうっ、許せなくて、恐ろしくて……でも、女には誰にでもあることで、恐ろしくても悲しくても許すべきだと誰に相談しても言われたんです」

 ……まぐわい……初夜?

「お酒を飲んで我を忘れていないと私のことなど手を触れたくもないと言う事かもしれませんし、箍が外れて私が苦しんでいてもどうとも思わない、そんな意図を感じて……逃げ出してしまったんです」

 リディアは言われて、一瞬古めかしい表現に首を傾げた。しかしながら続きを聞いて何とか理解した。

 ……つまり初めての性交渉で、エイミーの旦那様が泥酔して迫ってきてひどい目を見た……と?

 一瞬頭が沸騰しそうになった。

 こんなにか弱く、素直なリディアの友人に手荒なことをして、トラウマを植え付けたのはどこのどいつかと怒り狂いたくなった。

 それは流石にお酒を嫌いになっても仕方ない。これからお酒を飲む人がいるたびにエイミーは怯えてその時の事をトラウマとして思いだすかもしれない。

 そんなことになったのは全部そのエイミーの事を蔑ろにしている旦那の責任だろう。到底許せることではない。

 八つ裂きにしてくれる。

 リディアは正義感に闘志を燃やしたが、そんな時だからこそ一旦、間をおいて、ふうと息をついて詳細を聞いたのだった。

「大変な思いをしましたのね。……ところでお相手はどのぐらい飲んでましたの?」

 思いだして泣きそうになっているエイミーにやさしく同意をして、それから手始めに聞いた。

「コップ一杯も飲んでたんです!」
「……?」

 一瞬ちらりと、夜の習慣として一杯だけ飲んでリラックスして事に望みたかっただけでは? と思ったが、彼女は酷い目に遭ったらしいのだ。

 それならばコップ一杯でも泥酔する質の人間だったのかもしれない。

 ……お酒には強い弱いがありますものね。

 うんうんと納得して、続けて聞いた。

「怖くて恐ろしい目に遭ったんですのよね? 体に傷をつけられたり、殴られたり……という事かしら?」

 具体的に聞くのは彼女のトラウマに差し障るかと思ったが、それでも、意を決して聞いてみると、エイミーはふるふると首を降って「頬を赤くして迫ってきたんです!」と思い出しても恐ろしいといった様子で口にした。

 …………。

「キスをされてお酒の味がして、そのままことに及ぼうとするあの人に怖くなって私はそのまま飛び出してきました……」
「……」
「お酒なんて飲んだ状態で、迫ってくるだなんて見損ないました。そんなに私が嫌ならば、勝手にしたらいいと思うんです。それに私、聖女なんですよ。聖なる女性です! そんな相手にどうしてふしだらなっ!!」

 エイミーはそう言って取り乱して、瞳をウルウルとさせて、ぽたぽたと涙をこぼした。

 しかしリディアは一瞬で冷静になっていた。



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