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しおりを挟むもう心配はしていない、彼女はやると言ったらやる女性だ。エイミーを守るといったからには絶対に譲らないだろう。
むしろ彼女を心配していた自分の方が、らしくなかったかもしれないまである。
「エイミーは国の防衛の要なんでしょう??!! だったら、彼女が逃げ出さなくてもいいような関係の構築をオーガスト第二王子殿下がするべきですわ!!」
リディアは主張をオーガストへともどして風がすこし柔らかくなる。彼の声をかき消すほどの風を吹かせる必要はないと判断したらしい。
リディアの主張に、オーガストはリディアをきつく睨みつけて、当たり前のように言った。
「エイミーは聖女として生まれついた、そもそも、国を守る義務が彼女にはある!!!」
まったく疑いもなく、その事実を口にすればリディアは黙り込むと思っているような自信に満ち溢れた台詞だった。
しかし、リディアはそんな彼を真っ向から否定した。
「いいえ、義務ではありませんわ。彼女の善意よ。教会にとどまりこの国を守護しているのは彼女の善意に他なりませんわ」
真剣な声であり、今までの悲痛な感情に訴える言葉とは違い、冷静で知的な元々の彼女の雰囲気を取り戻していた。
「それもこれもこの国に恩があるから、恩を受けたから返しているのですわ。けれど、彼女の誠実さにかまけて義務だと押し付け、挙句心の通じる相手もいない、そんな状況で彼女が本当にこの国で幸せになれると思いますの?」
「……」
「何もわたくし、エイミーを貴方方の元へと今日返すつもりがないとは言っていませんわ。いらっしゃると思っていましたもの」
リディアは平然と嘘をついた。やっぱりリディアの心臓は鋼鉄でできているのかもしれない。
「ただ、こんなに彼女の意思を無視した方法を取られるとは思っていませんでしたから、取り乱してしまいましたわ。……こんな脅しにも近い方法を使ってきただなんてエイミーが知ってまたどこかに逃げ出しても、わたくしは責任をとれません」
平然と王族である彼に向って言い放つリディアに、オーガストは苦い表情をして見つめていた。
「ですからそうなる前に、どうかみなさま、武装をといて彼女を怖がらせないようにしてくださいませんこと?」
当たり前のようにリディアはそう提案し、彼らから屋敷を守るように立ちふさがるのを止めて道を開けた。
「彼女が快くこれからも国の為に尽くせるように、わたくしからもオーガスト王子殿下は恐ろしい方ではない、話をすれば理解してくれる方であると説得いたしますわ」
「……」
リディアは、訝しむように自身を見つめるオーガストを見つめ返して、強気にほほ笑んだ。
「この親友のわたくしが聖女エイミーとの仲を取り持つと言っているんです。この好機をかなぐり捨ててエイミーをとらえ、もしまたエイミーが城に戻ってからも脱走を繰り返したら、オーガスト王子殿下の判断は騎士団にどう映るのかしら」
あくまで想像をさせるだけのような言い方でリディアは、人差し指を頬に添えて考えるように言った。
……あれだけ言葉を尽くしましたしね。何が得策か皆さんもわかっているはずです。
ロイもそう思って、屋敷に戻ったら急いで使用人たちを手伝わなければと考えた。
しかし、オーガストは、気難しい顔をしたまま眉を潜めて低い声で口にした。
「その程度の事で我が騎士団の士気が下がるとでも?」
その声はまったくリディアの言葉など響いていないとアピールするように不機嫌で、ロイはまさかここまで言っても突っ込んでくるのかと少し驚いたし、恐ろしくもあった。
けれどもリディアは間髪入れずに言い返す。
「あら、たかが伯爵令嬢の戯言だと流してくださっても構いませんわ」
「……」
「でも、まともな意見を言っても取り合ってくれない旦那と結婚してしまったエイミーはとても不幸だとわたくしは思いますけれどね」
自分の娶った女性を不幸だと言われることほど、屈辱的なこともない。
そんな侮辱的な言葉を王族相手に口にするなど、リディアはとんでもない事をするとロイも思うが、それはまだ決定していない事項だから、一応罵ってはいない。
ここで、リディアの意見もまったく無視してエイミーを連れ帰ったら、オーガストは彼女との関係も終わるし、彼女が逃げ出すたびに選択を間違えたと言われ続けることになる。
しかし、攻め込まずにリディアに従うだけで、結婚生活が改善する可能性が出てくるし、少なくともエイミーの友人を傷つけなくても済む。
ロイは、詳しい話は知らないけれどもそのぐらいの事はわかった。
そしてきっとこの場にいる騎士団も全員、事情を理解していて、リディアの提案を聞くのが正しいか、そうではないかはわかるはずだ。
すると、しばらく思案したあとでオーガストはその気難しい顔のままちらりと斜め後ろへと視線を送った。
「……殿下ッ、我々はどのような選択をしようとも、オーガスト王子殿下についてまいります」
オーガストの様子だけを注視していたリディアとロイだったが、そこにきりりとした女性の声が響いた。
彼女は先頭に立っているオーガストの斜め後ろからずっと状況を見ていた騎士だった。
リディアも会話に騎士が入ってくるとは想像していなかったらしく、少し驚いた様子で彼女の方へと素早く視線を移し、強気な笑みのまま様子を伺た。
厄介な方向へと話が進んでしまうのではないかと、ロイも危惧したが、彼女は「しかしッ」と続けた。
「エイミー様と親しい方に我々騎士団もご紹介にあずかることが出来れば、本日以降、女神の加護の利用がよりスムーズに行えるかと考えます。その点に関してクラウディー伯爵令嬢の提案を受け入れることが得策ではないでしょうか!」
きびきびと言った彼女に、オーガストは、はぁと一つ息をついて剣を鞘へと収納し「エメラインが言うのなら、提案を飲むことにしよう」と渋々といた具合でリディアの提案を受け入れたのだった。
ロイはそれを見てほっとしたし、オーガストも話せばわかる人だったのだと安心したが、騎士たちに合図をして馬から降りる彼にリディアは、笑顔を張り付けたまま怒っている様子だった。
他人にはわからないだろうが、いつもの笑みより目が細くて若干眉間にしわが寄っている。
……きっと、完璧に言い負かしたと思ったのに、部下からの提案を飲んだだけという体を取られて、悔しいんでしょう。妙なところに沸点がある方ですね。
ロイはそんな彼女を微笑ましく思って、くすくすと笑ってから急いで、深夜の宴会の準備に向かったのだった。
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