42 / 67
42
しおりを挟むワインを嚥下する姿にまた、周りの騎士がおお、聖女が酒を飲んだぞと沸き立つ。
すぐに口から離して想像していた味と違ったのか、顔をしかめる彼女にリディアはくすくすと笑った。
「なに笑ってるんですっ、リディアが言うから飲んだのに!」
「ええ……少し飲んだ程度ではなんともない、ただの飲み物でしょう?」
「う……まぁ、うん。まずいけど」
「飲みすぎなければね、良かったんですわ。自分の主軸をどこに置いているか間違えなければ、お酒を人生にしてしまうことは無かったと思うんですのよ」
だから、お酒がある世界も、普及しているという事実も、作り手も悪くない、結局はそれを手にした人間の問題だ。
馬鹿な男の顔を思い出した。彼は、自分の力でその主軸を自分の人生に戻せただろうか。
考えても仕方がないし、リディアには関係ない。しかし、ふと気になってしまってから、このことを考えるのはこれで最後にしようと、心に決めた。
「?……どういうことですか」
「貴方の旦那様はそれを間違えていたかという話です、お酒は目的ではなく手段だったのではないですの?」
「手段……」
目の前にいるオーガストは会話に無理に入ってくることは無く、忠実な犬のようにただそこにいてエイミーを見ていた。
初夜の直前に嫁に逃亡され、機会を逃し、挙句に騎士団を連れて捕まえようとする彼が何を考えているのかリディアにはよくわからなかったが、話を聞いた限りの印象で、緊張を紛らわすためだったのでは、と示す。
それに、よく考えてみれば、言葉を交わさないということは、なぜ突然嫁に逃げられたのかも理解していない可能性がある。
しかし、示してみても、二人は自発的に話そうとしない。リディアもここからどう動かそうかと考えながら酒を煽った。
なんせ今日のお酒はただ酒も当然だ。こんないいものを飲まずにいてはもったいない。
グラスを開けるとロイが注いでくれて、またワインを揺らしてゆったりと飲んだ。
しばらくの沈黙の後に、先に口を開いたのはオーガストだった。
彼はエイミーの事を鋭く見つめてはいるものの、できるだけ怖がらせないようにという配慮か、王族らしくソファーにふんぞり返ったりせずに、腿の上に手を置いて背中を丸めたまま、エイミーに言った。
「自分は……君が何を思って自分の元から去ったか、きちんと把握できていない。しかし、決して君を手放す気はないし、事を急ぎすぎたというのならば、自分は君から要望があるまでただ善良な夫であるように努めたいと思っている」
「……」
「君が消えたことに気が動転して、ここまで騎士を動員して攻め入った事には謝罪しよう。ただ、やっと結婚することが出来たんだ、どうか戻ってきてほしい、後生だ。エイミー」
……お固いですわね。
それに、わたくしに対する威圧的な態度のかけらもないではありませんの。攻め入ったことを謝るなら、わたくしに謝ってほしいですわ。
しかし、それでも言葉の端々から、エイミーに対する情が伝わってくる。彼の思いは本物だろう。エイミー自身もきっかけがあって飛び出してきてしまっただけで、彼が嫌いというわけではない。
ここはキチンと嫌だったことを伝えて、お互いに納得できればいいのだ。
……それにしても、言葉を交わさずによくこんな尽くす男を捕まえたわね。
リディア、そんな事を考えながらもエイミーの返答を待った、しかし彼女は難しい顔をしているだけで、答えない。
その様子にオーガストは落胆して、それからリディアをぎろりと見た。
話が違うではないかそんな声が聞こえてきそうなほどのまなざしに、リディアは敏感に反応してにんまりと笑った。
……あら~?? なんだか偉そうな態度ですわねぇ?
エイミーとの会話をつなぐことも、もちろん問題無いしそれが目的ではあるが、なんせ、あんな窮地に立たされて、一発勝負のぶつかり演技をかましたのだ。
屋敷の使用人にも無理をさせたし、流石にロイだってひやひやしただろう。なにより、彼にはきちんとリディアの事を尊重してもらっていない。
あの場ではリディアの方が圧倒的に不利だったので、無理には望まなかったが、今この場では、真剣にエイミーを好いている彼からすると、立場は逆転しているはずだ。
それなのに、そんな偉そうな態度をとっていいのだろうか。
リディアはニコーッと笑みを浮かべたまま、彼に首を傾げた。すると、リディアの主張を察した様子で、ぐっと人相の悪い顔をした。
「あら、怖いですわ。やっぱり、エイミーが話をできないのも当然かもしれませんわ」
「っ、」
彼は第二王子なのでリディアは彼に滅多なことは言えない。
しかし、察しの良い彼にそんな様子では、エイミーとの仲を取り持たないと間接的に伝えることは出来る。
すぐに意図を組んで、苛立たし気に眉間の皺を濃くする彼に、リディアは心地よくスカッとした気持ちになって、ワインも美味しいし最高だった。
「……エイミーの友人である伯爵令嬢にも、謝罪する。脅すような事を言って悪かった」
「……リディア・クラウディーですわ。オーガスト王子殿下」
彼の謝罪にリディアは真剣に言った。名前を忘れてもらっては困る。
このクラウディー伯爵家が聖女エイミーとオーガスト第二王子の仲を取り持ったときちんと覚えてもらわなければ。
リディアの言葉にオーガストはさらに鋭い眼光のまましばし考えて、それから、重たい口を開いた。
「クラウディー伯爵令嬢、すまなかった」
「はい。気にしていませんわ」
彼の口からきちんとした謝罪を引き出したところで、リディアはエイミーに優しく言った。
「エイミー、聞いていたでしょう? オーガスト王子殿下は自分の非を認めて謝罪をきちんとしてくれる話のわかる方ですわ。貴方の要求もちゃんと聞いてくれるはずですの」
「……」
「気持ちは伝えなければ相手に取って、存在しないのと同じですのよ。知ってもらって初めて、尊重してほしいと主張できますの、文句を言うのはそのあとですわ」
少しお酒が回って、いつもよりもおっとりとリディアは言った。
その言葉にエイミーも納得ができたのか、オーガストに向き直るが、またリディアの方へとすぐに視線を向けて耳元にこそっと言った。
「でも、今まで喋ってなかったのに急に喋って嫌われないですか?」
ナイショ話にしては大きな声に、リディアはぽかんとしてしまって、彼女が話をしづらく思っていた理由に呆れてしまった。
……喋らないまま好きになられたから、逆に、話をするのが怖いんですのね。
理解はしたが、リディアと普通にしゃべっているところを見られていたではないかと思う。
しかし、そういう問題では無いのだろう。彼女の気持ちの問題だ。それでも、話をするべきだと諭そうとしたところで、食い気味にオーガストが言った。
「そんなわけないだろッ、自分は君と深い仲になりたいから、結婚を申し込んだんだ。どんな一面があっても君の一部なら愛する覚悟がある!」
声を大にして言われた情熱的な言葉に、リディアの方も驚いてしまって、心底真面目な彼に素直にすごいなと思った。
……わたくしだったら、そんな自分が不利になるような言葉は言えませんわ。
それを、大勢の前でもなりふり構わず言う気持ちというのはどれほどのものだろう。
「だから頼む、エイミー。君の言葉を聞かせてほしい」
彼の懇願に、エイミーは思わず口を開いた。始めはたどたどしかったが、彼らはやっと夫婦としてのスタート地点に立ったのだった。
227
あなたにおすすめの小説
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!
真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。
そこで目撃してしまったのだ。
婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。
よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!
長くなって来たので長編に変更しました。
【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。
《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる