酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
63 / 67

63

しおりを挟む



 ロイはもっと可愛くて、素直で思いやりがあるのだ。こんな下卑た欲望を相手にぶつけたりしない。

 けれどもけなげなロイとどんなに比べても、目の前にいる相手はフレディーという望んでもいない男だということに変わりはない。

 おもむろに唇を重ねようとしてくるフレディーにリディアは彼の額を真顔で押さえて拒絶した。

「俺は素直な女が好きだぞ? リディア」

 拒絶してもぐいぐいとくる彼に、ため息が出てくる。こんな男はお呼びじゃない。

 でもリディアの望んでいるロイはリディアを望んでくれないかもしれない、そう考えると少ししょんぼりした。

「なんだ可愛げのある表情をするじゃないか、そうだ君は俺に求められて大人しく従っていればいい子猫のようになッ」
 
 ……大人しく。
 
 ……。

 わたくしが求めたらロイは大人しくなるかしら。子猫のように……。

 頭の中で想像してみた。リンゴのように赤くなるだろうが、たしかに大人しくなりそうだ。

「そのうち自分からも求められるように躾けてやるッ」

 決め顔で言う彼に、それは名案だとリディアは考えた。

 というか、今まで何を悩んでいたのだろう。らしくもない。ロイが求めてこないのならば、リディアが彼を望んで求めて手に入れればいいだけだろう。

 なんせ、別の男に言い寄られてもロイの事を考えてしまうほどリディアはロイの事が大好きなのだからそれでいいじゃないか。

 ……だってわたくし、ロイの事を愛していますもの。愛しているのだから望んでもいいはずですわ。

 それにロイは、わたくしにいつだか言ってくれましたわ、弱みを見せても利用したりしないって。

 納得のいく結論を思いついてリディアはにっこり微笑んだ。

 その笑みはまるで女神のような優しさをはらんでいて、フレディーは思い切り勘違いをしたが、そのままリディアは至近距離にいる彼の前髪をひっつかんだ。

「え」
「そうと決まれば話は早いですわ~!!」

 そのまま前髪を取り外してリディアはベンチから立ち上がりふわりと彼の金髪を風になびかせて空に飛ばした。

「な、なな、なっ、何しやがる!!」

 怒鳴りつける彼はちゃんとハンサムだけれど、今までとは違って自信満々な様子ではなくなっていた。

 必死に隠すように自らの額に手を当てていて、見え隠れしているのはとっても広い額だった。

 リディアは知っていた。ベイリー男爵家の話を聞いてデネット侯爵家の事を調べる前からフレディーの弱点をすでに把握していた。

「返せっ、おふざけじゃ済まされないぞッ」

 取り乱してリディアにつかみかかってこようとする彼にリディアは「あははっ、うふふっ」と笑みを浮かべて風の魔法で俊敏に動きながら彼の事を躱す。

 実はフレディーが気持ちよくはてたと言っていた日、運んでいる最中にうっかり取れてしまったのを見て、彼がその広い額を気にしているのだと初めて知ったのだった。

 別にまだ若いのだし、それほど変ではなかったがコンプレックスというのは誰にでもあるものだ。その時には丁寧にかつらを頭に戻しておいてあげたけれど今はその弱点がリディアの手のなかだ。

「俺をだましたのか! 卑劣な手段をとりやがって!」

 だましてなんかいない、ちょっとばかり考え事をしていただけだ。勝手に盛り上がったのはそちらだろう。

 ふわりと浮かせた金髪のかつらを手元にもってきて長い前髪の部分を鷲掴みにして持った。

「そんな風に乱暴に扱っていいものじゃない、今すぐに返せッ!!」

 かつらの扱い方に彼は不満があった様子で、激昂して炎の魔法を手に出した。

 その様子をリディアは見つめながら彼の方へと近づいた。

 彼は、リディアやロイとは違って、魔法使いの称号を持っている力のある貴族だ。当然真っ向勝負ではリディアに勝ち目はない。

 しかし、下調べの時にはすでに攻略法を思いついていたし、恐れるに足らない。

「さもなくば、この業火で君の顔をあぶって醜い化け物にしてやるぞッ!!」
「……」
「恐ろしいだろう! 君のように魔法を持っているだけで慢心せずに、研鑽を積み魔法を扱える俺のような人間には絶対に勝てない!」
「……」
「わかったらさっさと、それをよこせ!」
 
 言いながらも片手で必死に額を覆い隠す彼にリディアは、真顔で彼の前髪を握りしめたまま見つめ返した。

「……ご自由にどうぞ……できる物ならですけれど」

 それからたっぷりと間をおいて言った。彼はどうあってもこれを持っているリディアを燃やせない。そんなことはお見通しだった。

「あら、やらないんですの? な~んて、できませんわよねぇ~!!」

 そしてあまりにわかりやすく苦い反応をする彼に、リディアは思い通り過ぎる展開に思わず楽しくなって彼に続けていった。

「だってこれ、貴方の地毛なんでしょう? そりゃあ燃やせませんわよ。貴方にとっては貴重なんですもの!!」
「ッ!!」

 ぎりっと奥歯をかみしめる彼に今までの彼を重ねて、スッキリとする。

 つまらないセリフでリディアを篭絡できると思っていた間抜けな男に一杯食わせてやったと思うと堪らなく楽しかった。

 どちらかというとリディアは屈服させる方が好きだ、蔑ろにされるとイライラするし、愛情を受け取るだけなのも受け身なのも柄じゃない。

「……あはははっ、どうしたんですの大人しくなって、これがなければ先ほどのように気取ることもできないんですの?」

 煽りたてるようにそういえば、彼はわかりやすく苦しげな顔をしながらも必死に額を守っていて、そのみょうちきりんな姿はおかしくて堪らない。

「それにねぇ、フレディー。わたくしを愛人にしようだなんてそんな戯言、よく言えましたわね」

 今まで黙って聞いてやっていた分、リディアは存分に思っていたことを口にする。

「このわたくしをそんな風に扱えると思い込むだなんて、とんでもない思い上がりですわ」

 イラついてはいたが、怒っているつもりはなかったリディアだったが、ついつい熱くなって、彼をにらみつけた。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

処理中です...